「天職一芸~あの日のPoem 459」

今日の「天職人」は、岐阜市小柳町の「日本料理板長」。(平成24年3月17日毎日新聞掲載)

春を待ち侘び膳飾る 天下の鮎よ長良川            女王(にょおう)の香り馨しく つい絆されてもう一献            串打ち三年焼き一生 美濃の板場の腕も鳴る           秋に落ち逝く定めなら 旬の盛りを愛で厭う

岐阜市小柳町の日本料理「丸桂」。板長で当主の、山口勝司さんを訪ねた。

竜宮門の弥八地蔵を南に入った一角。

粋筋の集う名店がある。

「ぼくは揖斐の田舎の出やで、店で使う野菜はどれも自家製ばっかり。漬け物も梅干も。お客さんの嬉しそうな顔見るのが、何より好きなんやて」。勝司さんは少年のような瞳で、とにかく良く笑う。

勝司さんは昭和15(1940)年、揖斐川町坂内で8人兄弟の次男とした誕生。

「義太夫の太夫やった父が、旅人宿をしとったんやて。馬車牽いて炭を大垣へ売りに行って、帰りに味噌醤油を仕入れて」。

中学を出ると、岐阜市内の老舗魚屋へ修業に。

「長良橋近くの旅館で、白い割烹着姿に、五寸の高下駄履いた板前が粋やった。こっちは年中魚くっさいし、こりゃいかんと」。

昭和34年、旅館の板前見習いに。

「1年目のことや。お寺の住職から、麻雀の面子が足らんと呼ばれて。そしたら『この子は岐阜へおいといたらいかん』と」。

住職は京都の老舗料亭へ、懐石料理を馳走しようと、勝司さんを伴った。

しかしその店は既に満席。

結局ふぐ専門の料亭へと河岸を変えた。

「そん時のふぐの味が忘れられんかった」。

ふぐとの出逢いが、その後の人生に大きく関わるとは、年端も行かぬ青年に分かる術もなかった。

すると今度は、茶人でもある菓子舗の主が口利きで、大阪の高級料亭吉兆で3年間の住込み奉公へ。

「ちょうど高麗橋の店へ入って1週間したころや。全店で慰安会があって、『お前何ぞ芸でも見せえ』って。父の太夫振りを真似て、義太夫の壷坂霊験記を語ったんやて。そしたらそれがえらい好評で」。

岐阜の田舎から来た山口の名が、吉兆全店に知れ渡った。

すると1年半後の昭和36年、ご主人から嵐山店で焼き方を頼むと。

「保津川下りの鮎も、長良川の鮎も、鮎に変わりはないやろと」。

すると翌年、今度は大阪北久宝寺にあったビル吉兆へ。

「鰻の板前が倒れたんやて。で、ぼくは男前やろ。カウンターへ出て、天麩羅と鰻を任されたんやて」。

そして3年が過ぎ季明け。

「ご主人から『なんぼ吉兆で修業しても、岐阜へ戻ったら客筋も食材も違うし、役に立ちまへんえ。頼むさかい、残っとくなはれ』と。でもどうにも、ふぐへの未練が頭から離れんかったんやて」。

その後下関へと飛び、半年間日本一のふぐ問屋で、仕入れとふぐの捌きを学んだ。

昭和38年、岐阜の旅館に戻り板長に。

するとその翌年、丸桂の先代社長が、吉兆仕込みの腕に惚れ、店を任かすと。

この年、伊保子さんと結ばれ、三女を授かった。

「満足のゆく店にするまで、20年はかかった。でもある常連さんから『なあカッチャン。ついに岐阜に吉兆作ったな』って。そう言われたんやて。今思えば最高の褒め言葉や」。勝司さんの目が潤んだ。

板前の腕に、修業先の看板は不要。

暖簾を後にする満足気な客の、笑顔一つが全てを物語る。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 459」」への6件のフィードバック

  1. 次から次へと良いお話し(勤め先)が舞い込むのも、ご当主の腕前はもちろん、お人柄が良いのでしょうね⤴️

    1. 何度か裏メニューの猪の味噌煮を頂戴したことがありました。
      風邪もあっという間に治ってしまったほど、パワフルな逸品でした。

  2. 岐阜県民は外食好き!
    と、何か?で見た事があるけど・・
    そう言う私もどちらかと言うと外食大好き!
    天ぷら等は、たまに無性に食べたくなるのです。
    天丼もイイね~~ぇ⤴
    しかし、コロナのお陰で外食さえ出来なくて・・
    淋しいもんです。

  3. こういう方って いらっしゃるんですよね。誰かが見ていて下さる。運だけではなくて きっと この方には大切な人を惹きつける魅力があるんでしょうね!
    だから この方の周りには 笑顔溢れるお客様がいる。
    素敵だなぁ〜( ◠‿◠ )

    1. もう一度叶うことならば、カッチャンのてっさでキュ~ッと一杯やりたかったものです。

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