「天職一芸~あの日のPoem 455」

今日の「天職人」は、重県四日市市大矢知の「蕨餅職人」。(平成24年2月18日毎日新聞掲載)

鈴鹿の峰も名残雪 八風(はっぷう)(どう)に春(きた)る               裏の山では早蕨(さわらび)が 我先競い背を伸ばす             街道筋の菓子老舗 軒に張り紙「蕨餅」             春待ち人が足を止め 思い思いに舌鼓

三重県四日市市大矢知で嘉永年間(1848-54)創業の、丸井屋老舗。六代目の加藤陽太郎さんを訪ねた。

四日市と近江八幡を結ぶ旧八風(はっぷう)(どう)

江戸時代には陣屋もあったと言う、大矢知の町並みに往時を偲んだ。

すると和菓子屋の軒先に、(わらび)(もち)の文字が…。

蕨餅とは春の季語。

春から夏の菓子ではないのか…?

「一般的にはそう思われますやろな。でも家の蕨餅は、お正月から4月末まで。夏は黄粉が湿気てもうて、べったりしますでな」。陽太郎さんが、上框(あがりがまち)に座した。

陽太郎さんは昭和32(1957)年に、長男として誕生。

大学を出ると、名古屋の和菓子屋で住み込み修業に。

「店が錦の繁華街で、住み込みのもんは、8畳一間に雑魚寝。ホステスの姉さんらの帰り姿を、明け方連子格子から眺めては、起き出したもんやさ」。

4年の修業を経て、昭和58年家業に就いた。

「家は創業当時から、酒素饅頭が主やったんです。そんな代々受け継いだ伝統菓子も守りながら、新たに工夫した和菓子を創るんやと」。

昭和60年、大学の後輩だった靖子さんと結ばれ、三女を授かった。

「大学のサークルで知り合ったのが最初。大人しいて芯の強い、ええこやなあって印象でした」。

しかしその後は、互いに別々の道へ。

「修行中、旧に懐かしくなって、手紙を書いたんです」。

それが再会のきっかけとなった。

「父が転勤族でしたので、自分の子にそんな思いだけはさせたくなくて。転勤も無い、この家へ嫁に入ったんです」。お茶と蕨餅を差し出し、妻がつぶやいた。

勧められるまま蕨餅を頬張る。

…?

これまで蕨餅と思っていたものは、一体何だったのだ?

薄っすらと黄粉を纏った、半透明の蕨餅。

蕨粉の皮の奥には、小豆の漉し餡が包み込まれている。

口に入れた途端、蕨粉の皮と、しっとりとした餡が一体となり、蕩け出すではないか!

初めての食感だ。

「家の蕨餅は京風で、名古屋から西日本が中心。蕨の皮と餡の固さが、同じなんが特徴やさ」。

口解けと喉越しの良さに、職人の手間を惜しまぬ姿勢が、感じられる逸品だ。

蕨餅作りは、十勝産の小豆を一晩水に浸す作業から。

翌日小豆を炊き、小豆の腹が割れる頃に皮とゴ(実)を分け、水で晒して灰汁取り。

それを絞り、砂糖を加え加熱し餡に。

一方蕨粉は鍋で水溶きしながら、砂糖と水飴で作った蜜を入れ、加熱しドロドロの餅状に。

小さな塊を黄粉の上に落とし、黄粉を()(ごな)に包餡。

最後にもう一度、黄粉を振れば出来上がり。

「皮の熱で餡が水分を得て、固さも変わってしまいますやろ。せやで蕨粉の練り具合も、その日その日の気温や湿度で変えやんと。蕨餅は素朴なだけに、誤魔化しが効きませんでな」。

その日が賞味期限の、売り切れ御免。

繊細な味の命が儚い証でもある。

春を予感させる、早蕨(さわらび)のような素朴な薫りが、ほんのりと店内に漂った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 455」」への13件のフィードバック

  1. わらび餅
    最近、食べてないなぁ~!
    小学生の頃、同じ町内に、夏は「わらび餅」冬は「焼き芋」
    自転車の後ろに少し小さ目のリアかーを引っ張って
    販売していました。
    鐘の音、「チリン♪チリン♪」と鳴らしながら
    オジサンが「お~ぉ!ボク今日も買ってくれるのか?」
         「毎度おおきにやな~ぁ⤴」
    わらび餅の入れ物は、三角形にした新聞紙
    10円だけど、いつも、いっぱい!おまけしてくれてました。
    僕チンも子供の頃は可愛かったんだぁ!

  2. あれっ!蕨餅(わらびもち)って何だっけ?一瞬、脳が止まってしまった。あーーーっ!『わらび餅』の事かぁ、よ〜く知ってるわぁ。漢字で書くと品がある⤴️

    1. でしょ、でしょ!
      漢字で見ると、その由来も自ずと分かりますものねぇ!

  3. 「天職一芸〜あの日のpoem455」
    「蕨餅職人」
    「春よ来い♪」とあんなに春を待ちわびていた頃が懐かしいです。
    ここのところの暑さに 
    「好きな季節は?」と問われたなら 今は2月と答えたくなります。
    こちらの蕨餅に朝から引き寄せられてます。美味しそうですね。

    1. いやいや、メッチャ美味しくって、ぼくなんて取材の後も、わざわざ出掛けた程でしたもの。

  4. わらび餅って 商品によって固さがいろいろあるけど このお店のわらび餅は 蕨の皮と餡の固さが同じ… という事は 食べた瞬間 口の中でとろけるって事?
    食べる前に チョンって触ってみたいなぁ〜( ◠‿◠ )
    作ったその日が賞味期限! 残念(泣)
    食べたかった〜。

    1. これまでのわらび餅とあまりにも違いがあり、とにかくビックリしたものです。
      取材を終えてしばらくして、どうしてももう一度食べたくなって、わざわざお店まで車を走らせたこともありました。

  5.  ❖ 餡入りわらび餅 ❖
    大好きです〜 (◍•ᴗ•◍)❤

    我が家の冷蔵庫に入っています〜 
     。◕‿◕。

    『成城⚪⚪』さんで3年程前 運命の出合い  ❣️(◠‿・)—☆  
    本わらび餅とは ちょっと違った食感と優しい甘さ 大人の味 ですよね〜 (θ‿θ)

    そうそう 昨日 木村屋のあんぱんが
    日本酒にぴったり合う!って テレビで言ってました    
    『 わかる、わかる〜 ❣️』

    オカダさんも チャレンジしてみてください (◍•ᴗ•◍)

    1. 木村屋のあんぱんと日本酒ですかぁ!
      でもやっぱりその場合は、燗より冷でしょうねぇ。
      まあ、羊羹で冷酒煽る方もおいでとかききますから、アンパンもいけちゃうんでしょうねぇ。
      ちとぼくにゃあハードルが高いですが・・・(汗)

  6. 八風街道とか八風競馬とかノスタルジックな名前を聞いたことがありました。近江八幡までの街道だったのですね、八風街道は。蕨餅も食べたくなりました。

    1. それなりに昔の街道の面影が、所々に残った趣のある道です。
      ぜひぜひ、冬しか食べられない蕨餅をお召し上がりください。
      ぼくももう一度味わいたい、とっても忘れ難い蕨餅です。

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