今日の「天職人」は、名古屋市西区の「すっぴんかき餅職人」。(平成23年1月15日毎日新聞掲載)
欠けたあられの見切り品 市場の菓子屋売出しで 母は鼻息荒くして 特用袋鷲掴み 出涸らしの茶とかき餅で 母も内職一休み ぼくはトントン肩叩き 駄賃欲しさの似非孝行
名古屋市西区、昭和25(1950)年創業の「おかきや」。三代目かき餅職人の清水文浩さんを訪ねた。

「子どもの頃、缶蓋に積み木を載せては、かき餅焼く親父の真似しとったなあ」。文浩さんは、焼き窯の火をぼんやり眺めた。

文浩さんは昭和41年、2人姉弟の長男として誕生。
工業高校を卒業すると、自動車整備の職を得た。
「機械弄りと車が好きやったで」。
しかし5年後、祖父が亡くなり家業へ。
「爺が死んで人手が足らんで。でも不思議と、門前の小僧なんちゃらみたいなもんで、体に染み付いとるんだわ。焼いてみろって言うで、焼いたったら、母は途端に褒め殺し。跡継がせなかんで、母の必死の作戦だわ」。
ところが兄弟の多かった父は違った。
「父は家や兄弟に縛られ続けて来たでか、不自由な思いをさせたくなかったんかな。『家の手伝いはええで、外へ出てってもいいぞ』って」。
そう言われればしめしめ。
大好きな車にのめり込んだ。
「朝4時から9時まで卸売市場でバイト。それから夕方まで家の手伝いして、夕方からはガソリンスタンドのバイト」。
稼いだ金は全て、車に注ぎ込んだ。
しかし平成4年、倅に何とか家業を継がせようとした母が他界。
それでもまだ家業に本腰が定まらなかった。
平成9年、公子さんと結ばれ、やがて一男一女を授かった。
「結婚した年の暮れに、父が急性心筋梗塞で亡くなって。ちょうど北陸へ遊びに行っとって、帰ってみたら家の前にえらい人だかりが…。父を亡くした悲しみより、前の日に搗いたばっかの箱餅(搗きたての餅を入れ、乾燥させる専用の木箱)の方が気になって。通夜の途中で喪服のまま戻り、冷蔵庫から餅箱出して、全種類のおかきの生地の重さを量ったって。親父は、見て覚えろの一点張りだったで、生地の重さをどこにも書き残しとらんし。とにかくそれから1年は、焼いては捨ての繰り返しだわ」。
焼き上がったばかりのすっぴんの千枚を摘み、箕の中へと放り込む。

千枚とは、4㌢四方の薄いおかきで、醤油で味付ける前の物をすっぴんと呼ぶ。

「これの美味い不味いは、もち米の良し悪し」。
確かに噛むほどに、仄かな甘さが忍び寄る。

「おかきや」自慢のすっぴん作りは、佐賀と北海道産のもち米を洗い、丸粒のまま蒸籠立てして蒸し上げ、餅を搗く作業に始まる。



そして搗き立ての餅を木箱に入れ、屋上で筵の上に並べ乾燥。

そっくり返ったら、引っくり返し、再び乾燥。
夕方には取り込み、明くる朝再び天日の下へ。
それを3~4日繰り返す。
「最後は噛んだ歯の入り具合で、乾燥状態を確かめるんだて」。

後はおかきの種類に切り分け、創業当時から変わらぬ地元の生びき醤油(熱処理をしない醤油)にドブ漬けし、窯で手焼きすれば完成。

「1枚1枚焼き上がる顔を見ながら、斑にならんようにな」。
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車に目が行ってても ずっとずっと身体や心の中にすっぴん作りが引っかかってたからこそ お父さんが亡くなられた時の咄嗟の行動となったんでしょうね。
まさしく門前の小僧。
『すっぴん』頂いてみたいですね。
もち米だけの美味しさや甘さ 贅沢な逸品かも⁈
物凄く暑い作業場で、黙々と手焼きをされていました。
だからこそ、大量生産物とは異なり、職人の目に適った「すっぴん」が出来るんです。
「すっぴん」で勝負出来るからこそ、それを色んな味に加工したらもっと美味しくなるわけです。
甘いもん好きだけど!
煎餅も大好き!
草加せんべいもイイよねぇ~
特に「ぬれおかき」
熱いお茶で「プッハァ~⤴」
私の子供の頃は「ぬれおかき」はなかった!
誰が言ったか知らないけど、忘れちゃいけない!
「柿の種」
確かに、「ぬれおかき」は、随分最近っても、ここ20年位前に初めて食べた気がします。
ぼくは、湿気たおこしが好きなので、「ぬれおかき」や「ぬれせん」は正直堪らないほど好みです。
あられ、お煎餅、大好き⤴️
塩味、醤油味、どちらも好み⤴️
買い置きしてあるのを毎日楽しみながら食べてま〜すლ(´ڡ`ლ)
あられやお煎餅って、やっぱ別腹ですものねぇ。
「天職一芸〜あの日のpoem402」
「すっぴんかき餅職人」
昨日は お饅頭屋さんが定休日になっていたので がっかりしていたら
美味しそうです。こんなにも真っ白な すっぴんさんを天日に干して
気が遠くなるような作業から作り出されていたのですね。
かなり時間のかかる湿気った
おこしまで 食べたくなってきました。
ぼくも子どもの頃のように、湿気った「雷おこし」が無性に食べたくてなりません。
アラレやさんは朝が早いんですよね
実家の前のアラレやさん
朝4時から機械動いてた
今は…
そうそう
アラレやさんのお婿さん
西濃では少し有名なギターリストさんでしたよ
知ってますか?
由川○○○
職人さんたちの朝は、いずれも早いものだよねぇ。
由川○○○さんって、ちょっと存じませんでした。
なんせぼくなんて、モグリですから!
朝から
ガタンゴトン
あの音で毎日起きてましたね~~~
ぼくは牛乳瓶の触れ合う音と、新聞配達のおじさんの自転車の、キキーッと軋むブレーキ音が目覚まし代わりだったなぁ。