「天職一芸~あの日のPoem 378」

今日の「天職人」は、愛知県豊橋市の「カステーラ職人」。(平成22年7月17日毎日新聞掲載)

月命日のお仏壇 祖母の好物山のよう              桃や葡萄にカステーラ 舌なめずりで手を合わす         供物の下がり待ちきれず 祖母にゴメンとカステーラ       セロハンめくり(かぶ)り付きゃ 「罰当たりが!」と大目玉

愛知県豊橋市、昭和40(1965)年創業の、カステーラの三景。女将の森下悦子さんを訪ねた。

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店先に漂う甘く芳醇な香り。

子どもの頃はこの匂いに釣られ、カステーラの焼き上がる時間を見計らい、何度も店の前を行き来した。

カステーラを頬張った、あの得も言われぬ食感を思い出し、その香りを腹一杯に吸い込もうと。

昭和半ばの時代、カステーラはまだまだ高級品。

だから病人の見舞いか、仏事でもなければ、めったやたらと口に入る代物ではなかった。

ふっくらもっちりと、舌に纏わり付く馨しさが堪らない。

「主人の焼くカステーラは、昔ながらの味やゆうて、皆さんご贔屓にしとくれやす」。悦子さんが、鮎菓子を包装する手を止めた。

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「この鮎菓子は、豊川の天然もんをモデルにしたるじゃんね。京都風に(えら)が張り出すように、皮を焼き上げて直ぐに折り曲げたるで、活き活きしとるらあ。でも家内が皮で求肥を包むと、(なまず)になってまうだ」。主の睦美さんが顔を出し大笑い。

睦美さんは、同県豊根村の農家で、9人兄弟の4男として昭和11年に誕生。

昭和26年、中学を出ると豊橋市内のパン屋で修行に就いた。

「まんだパンなんて、食券で買わなかん時代やった」。

10年後、叔父の世話で京都市の京菓子大極殿へ。

不慣れな土地に住み込み、修行に明け暮れた。

「3年したら兄が、ここの土地を買ってくれただ。急いで八卦見に屋号の相談したら、日本三景くらい有名になるようにと『三景』にせえと」。

東京五輪に沸き返った翌年、念願の店を現在地で開業。

翌年には、京都から悦子さんを迎え妻に迎え、二男一女を授かった。

「家内は大極殿で、事務員しとっただ。でも開業した1年目は、店がちゃんと回ってくか不安だったじゃんね。だもんで最初は1人で店を切り盛りして、ちょっと自信のついた翌年に、家内を迎えただあ」。

開業当初からの名代の逸品、三景のカステーラ作りは、材料の攪拌に始まる。

小麦粉、卵、砂糖、水飴、蜂蜜をきっちりとした分量で配合し、永年の経験に物を言わせて攪拌。

それを杉の正目で作った四角い木枠に、トタンを内張りした型に流し込む。

「焼き上がると、杉の木のいい香りがするだ」。

そして300度に熱したオーブンで、約1時間ほど焼き上げる。

「アルミの型では、木型のように上手く焼き上がらんだ。それに冬と夏、雨と晴れとでも、食感に微妙な違いが生じるで、後は火加減と永年の勘が頼りじゃんね」。

毎日5㎏が焼き上がる。

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「クリスマスだけ、常連さんに頼まれて、ケーキを150個も作るだあ」と、睦美さん。

「とにかく大忙しで、お寺に嫁いだ娘の旦那も、住職やけど手っとうてもうて。あっちは仏さんやで、その時期は閑じゃんね」。

東海道を下り、吉田の宿に嫁いだ京女も、今じゃすっかり三河の女。

ジャンダラリンの三河弁に、京言葉がはんなり入り混じる。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 378」」への10件のフィードバック

  1. 久しぶりにカステラが食べたくなって、先日買って食べた所です。とても懐かしい味でした⤴️近頃じゃぁ、戴く事も無くなってしまいましたからねぇ。

    1. わかります、わかります。
      落ち武者殿のような筋金入りの甘党ではありませんが、こんなぼくも無性にカステラが食べたくなることもあります。
      しっとりして重量感のある、古典的なカステラが一番です!

  2. 記事にもありましたが、昔はお見舞いに持っていくものと思っていました。滋養強壮の食品なのですね。岐阜県東濃は岩村のカステーラを通販で購入したことがあります。やや甘さが強く美味しかったです。丸いカステラや三角形のカステラサンドも昭和20年代生まれのオジイには懐かしいお菓子です。

  3. カステラはちょっとした町に独自のカステラが結構あって岡崎市の福岡町に路面電車の足跡を辿った時に古い街並みでカステラを見つけて購入しました。コロナは落ち着いたらまち歩きしてみたいです。

    1. 子どもの頃なんて、カステラは病気のお見舞いとかでしか味わえないほど高価なものだったものです。

  4. カステラって やっぱり今でも豪華な食べ物って感じがしますね。
    品があるからかなぁ⁈
    時々 カステラの切り落としを安く購入して 息子達のおやつにするけど やっぱり本来の大きさがあって ザラメの食感があったりするカステラが おばさん的には 魅力的です(笑)

  5. 「天職一芸〜あの日のpoem 378」「カステーラー職人」
    腰掛けて「いただきま〜す」と言ってしまいそうなくらい 美味しそう〜ですね。
    久々にカステラを食べたくなります。

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