「天職一芸~あの日のPoem 370」

今日の「天職人」は、三重県四日市市の東阿倉川の「万古焼急須職人」。(平成22年5月22日毎日新聞掲載)

朝昼夕と日差し追い ()け台持って場所を替え          繕い物の内職に 母は精出し暇惜しむ              母の小さな愉しみは ラジオの曲の懐メロと           急須傾け茶を啜り 徳用あられ摘み食い

三重県四日市市の東阿倉川、万古焼の急須を手掛ける洙山しゅざん陶苑の山本修さんを訪ねた。

「急須はなあ、煎茶を入れるだけの道具やないんさ。使うたびに手の脂が染み込んで、照りが出る。すると生き物みたいに表情も変わって、使い込むほどに味が出て来るんやさ。せやで長い年月掛けて急須に染み込んだ模様は、家族の歴史そのものやろな」。修さんは、窯から取り出したばかりの急須を徐に取り上げた。

急須は春の日差しを浴び、()(でい)色の鈍い輝きを放つ。

「昔の瓦のような輝きですやろ。これはなあ、無釉のまま1180度くらいで焼成すると、陶土の中の鉄分が炭化して、こんな紫泥色になって輝き出ますんのんさ」。

実に重々しいほどの(にび)色だ。

修さんは昭和25(1950)年、3人兄弟の長男として、(ちく)()業を営む父の元に誕生。

「元々祖父は登り窯職人やって、父の代になって万古焼のトンネル窯造りを専門とするようになったんさ。えっ?トンネル窯が何やって?トンネル窯ってのは、そのまんま窯が100㍍ほど続いとって、例えば天日干しした急須を入り口から入れますやろ。そうすると急須が、トンネル窯ん中はってって自動的に焼成され、100㍍完走してゴールしたら焼き上がりっちゅーわけやさ」。修さんが大きな声で笑った。

写真は参考

「よう子どもの頃、築炉を人工甘味料のチクロと間違えられて。発癌性が高いとかで、食品への使用も禁止された頃、『お前んとこ、毒作っとんのかあ』って、よう冷やかされたもんやわ」。

高校を出ると直ぐに家業入り。

「でもその頃には、窯造りも衰退期でしてなあ」。

昭和46年、母方の祖父が急須造りをしていた関係もあり、急須の量産会社の見習いへ。

「ちょうど1年経ったころやわ。親方が『そろそろお前1人でやってみろ』って。そんなん、窯入れもまだ1回しか焚いたことないんやに」。

22歳で独立。

「最初は母と私の2人っきり。それでも当時は、(しゅ)(でい)の急須の方が、ようけ売れましてなあ」。

万古焼の急須作りは、陶土を攪拌機で泥沼(でいしょう)にすることに始まる。

次に急須型の石膏枠に流し込む。

そして石膏が水分を吸収し陶土が固まると、型から取り出し、胴、手、蓋、口、摘みの部品を泥糊で接着。

天日で2~3日乾燥させ、表面を研磨し窯詰め。

そして15時間ほど還元焼成すれば、釉薬(うわぐすり)も掛けぬのに見事な紫泥色の急須に生まれ変わる。

「窯の中に酸素を送らんと、酸欠状態のまま焼くもんやで、それで土に変化が出るんやさ」。

昭和58年、由紀子さんと結ばれ、一男一女を授かった。

「お互いの友人同士の結婚式で、受付を一緒にしたんが縁やったんさ」と修さん。

傍らで妻が一言つぶやいた。

「年入ってたけど、この人まだ独身やったもんで」。

急須一筋、間も無く40年。

創業当時の急須には、家族の喜怒哀楽が染み込み、言葉で言い表せぬ景色が滲んでいる。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 370」」への4件のフィードバック

  1. 急須でお茶を飲む時は命がけだと思う!
    だって「急須(九死)に一生を得る」
    なんて事を言うでしょう!
    たまには「おやじギャグ」もいいもんだぁ~⤴

    1. 出た!出た!
      落ち武者殿の「おやじギャグ」!
      たまにゃあ新鮮味があっていいもんじゃない!

  2. なんだか貫禄があって重量感や存在感もある急須ですね。
    置き物にしてもいいくらい。
    日本茶が好きなので よく飲みますよ。
    緑茶やほうじ茶や玄米茶や玉露etc
    その時の気分で選んでます( ◠‿◠ )
    この急須には どんなお茶が合うかなぁ。お湯呑みまで こだわりたくなっちゃいそう(笑)

    1. 使い込んで茶渋で色が変色してゆく、そんな経年変化も味わいの一つですよねぇ。

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