「天職一芸~あの日のPoem 358」

今日の「天職人」は、三重県松阪市の「揚げ麺やきそば職人」。(平成22年2月17日毎日新聞掲載)

「伊勢松阪でやきそばと 言えば不二屋の揚げ麺さ」       松阪っ子の老若は 皿を抱えて首っ丈              丸い形の揚げ麺に 和風の餡を掛けるだけ            焼きもせぬのにやきそばと? 「松阪もんにゃこれがそれ」

三重県松阪市中町、昭和4(1929)年創業の不二屋、三代目の野口克己さんを訪ねた。

伊勢参宮街道も三重県松阪市に入ると、松阪牛の看板が目を引く。

「そんなもん、神戸の人らが毎晩神戸牛食うとるわけやなし。わしらかて松阪牛なんて、せいぜい年にいっぺん食うか食わんかやさ」。店先で順番待ちをする、初老の商店主が笑い飛ばした。

「松阪牛は年に1回でもええ。せやけど不二屋のやきそばだけは、週に1回は食べやんと、癖んなってなともならん」。

店内は昼前にも関わらず満席。

能舞台を模した座敷と、橋掛(はしが)かりとも言うべき通路を、店員が忙しなく行き交う。

能舞台の橋掛かりは、人間界と幽冥界を繋ぐ架け橋とか。

だがここ不二屋の昼時では、そんな悠長な風情に浸る暇も無い。

とにかく客は、熱々の餡かけ揚げ麺のやきそばを、固唾を飲んで待ち構える。

「『週にいっぺんは食わんと』なんて、何よりありがたいこってすわ」。克己さんが笑った。

克己さんは昭和36年、長男として誕生。

「最初は歓楽街の愛宕町で、うどん屋やったんですわ。当時松阪はうどん屋ばっかりで、中華そば屋がなくて。それでお爺さんは、大阪上本町へ出掛けて行って中華を食べ歩き、『これからは中華そばが流行る』ってな調子で。ところがそんな時代は、みんな『中華そばってなんや?ほんなもん売れるんか』なんて、結構白い目で見られたそうです。そして昭和11年にここへ移転し、うどんの出汁と野菜の旨味をベースにしたあっさりスープの中華そばを始めたんですわ。そしたらそれが評判呼んでよう売れたらしいです。もう一つの看板であるやきそばは、自家製揚げ麺に野菜と豚肉の餡を載せたもんで、祖父が戦後間も無く始めたそうやわ」。

毎日忙しく立ち働く、祖父と父の背中を眺めながら学校へと通った。

「よう友達が『3時になったら中華食べにくで』って。調理場の入り口からこっと入って来て」。

高校を出ると名古屋の郊外型のうどん屋へ。

4年半の修業を終え家業に就いた。

三代目としての自信も付いた平成4年、自らへの投資とばかりに店を改築。

平成14年には、地元出身の織江さんと結ばれ、2女を授かった。

不二屋名代のやきそばは、独特の製法による自家製麺に尽きる。

ラードで揚げても、バリバリとせずサクサクする食感が持ち味。

中華そばの和風出汁で豚肉や野菜の具材を軽く煮込み、片栗粉で固めの餡に仕立て、揚げ麺の上に盛り付ければ完成。

「麺は簡単に箸で捌けます。口に入れるとサクサクッとして、見た目とはちごて薄味であっさり。だから70歳を越えたお婆ちゃんらでも、ペロッと1皿行けますわ」。

克己さんはある時、人に言われた。

「『この店が無いと困る』そう言われる店にせえ」と。

それこそが、祖父の遺した庶民の味だった。

ありそでなさそな不二屋のやきそば。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 358」」への22件のフィードバック

  1. 今日から3月かぁと思いながらブログを開いてみると、テレビで2度ほど見た事があり、食べてみたいなぁと思っていたお店でした。あんかけバリ焼きそばが大好きだから、こんなお店がそばにあったらいいなぁ⤴️ソバだけに、なんちゃって。

    1. これまた座布団一枚ですねぇ。
      あんかけバリ焼きそばを箸で崩して一口頬張り、ビールをキュ~ッと!
      そして上の餡の具を頬張り、もひとつビールをキュ~ッと!
      まぁ、いずれにしたって、キリン一番搾りが呑めりゃあそれでいいんですが?
      えっ、な・に・か?

  2. 餡が和風とは!ええですねっ!
    是非、食べてみたいです。
    また戦後すぐからとはハイカラですね。
    ご近所にあったら週イチで通いそう。
    中華そばも、ずっと和風だしのものが好きです。小さい頃には家系ラーメンとかなかったですもんね。^ – ^

    1. ぼくは未だに、家系ラーメンとかの意味も知りません。
      やっぱ昭和半ばのオッサンにゃあ、鶏ガラ醤油出汁であっさりとした、志那そば風の中華そばが一番です。
      背脂がギトギトしたようなラーメンは、いやはや苦手でなりません。

  3. 皆さん「やっとかめ」です。
    大変、ご無沙汰していましす。
    ご心配して頂いた。
    えっ?心配なんか!していない!
    とかなんとか!言って
    オカダさんが一番寂しい思いしていたんでしょう!
    腰痛も調子良かったり、悪かったりで・・
    朝、起きてみないと分からない、そんな感じです。
    あまり腰に負担がかからないように身体を動かさないようにしていたもんだから
    最近ちょっと「小太り気味」
    ヤマもモ改め「小太りっち」かも?
    これからもお付き合いのほど宜しくお願いします。

    1. あらら、「お帰り~っ」!
      もうちょっとで、彼岸の頃になったら、香華を手向けに参ろうかと思っていたほどでしたぁ!
      まぁ、焦らず日にち薬で、養生していただいて、騙し騙し腰痛と付き合って行ってくだされ!
      何はともあれお元気で何より何より!!!

  4. 「天職一芸〜あの日のpoem 358」
    「揚げ麺焼きそば職人」
    夕食を済ませた後でも美味しそうと思ってしまいます。軽い口あたりが伝わってきますね。
    もう一度見直して驚きました。
    あらっ〜!こんなにも立派なところなんですね

    1. 一つの味を護り抜きながら、地域のなじみ客に支えられ続けた証が、現在の立派なお店になったと言うことなんでしょうねぇ。

  5. 美味しいそう!
    薄味っていうのが良いですね。
    餡かけで味が濃いと 途中で箸が止まっちゃうから( ◠‿◠ )
    『この店がないと困る』
    そんな事を言われたら最高でしょうね。
    地元に根付いた証なのだから。
    お店の味に対して…と言うより お店で働く職人さんに対して…という事なんでしょうね。

    1. 時代に迎合して、名代の味を変化させるのも、幾残りを掛けた戦略鴨知れませんが、それまで足蹴く通ってきた馴染み客からすると、護り抜いていてほしかった味となってしまうケースもあるんでしょうねぇ。
      やっぱりぼくは、昔、お父ちゃんやお母ちゃんと食べた、当時の味のまんまだぁと、感動したい勘当したいものです。

  6. ボクも餡かけ揚げ麺は好物です!いいお店を教えて頂きました~!

  7. わ〜 バリちゃんだー ♡(灬º‿º灬)♡ 

    我が家では 揚げ焼きそばの事を 
    ☆ バリちゃん ☆ と言います。
    私は和風出汁じゃなく、 中華風 八宝菜を平たくして揚げた焼きそばにかけるだけ ☆  あとは お好みでお酢をかけますが 不二屋さんはどうなのかしら?  

    これはビールかな?
    それとも紹興酒でしょうか? (๑¯◡¯๑)

    今日のお昼は 三重県 亀山発祥 
    ☆みそ焼きうどん☆ を食べました❣
     

    1. 鶏ガラ系のスープではなく、どちらかと言うとうどん汁のようなベースの餡だった気がします。
      だからとってもあっさりしていてるように感じられ、そこにうどん汁独特の永年慣れ親しんだ風味が感じられ、ついつい箸が止まらなくなってしまったものです。
      やっぱり飲み物は、ぼく的にはキリン一番搾りで決まり!ですねぇ。
      亀山のローカルフード「味噌焼うどん」も、後程天職人として登場してまいりますから、お楽しみに!

  8. おはようございます。外は今「台風か?」ってくらい風雨が強いです・・・揚げ焼きそばですか~これが松阪の方々にとっては「ソウルフード」になってるんやね~若い頃は私も毎日トラックで松阪で一件下して伊勢まで行ってましたけどこのようないいお店があったんですね♪ これは是非とも食してみたい一品ですね~ 確かにお酒のあてにもバッチリあいそうですね~

  9. ❖ 小太り ♡ 落武者殿 ❖ 
    お帰りなさいませ〜 (๑˙❥˙๑) 

    皆さん 心配していましたよ ❦

    ご無理されませんように (ᵔᴥᵔ)
    のらり くらり ゆるーり ですよ❣️

  10. 三重県は粉物文化で有名なのがぼくも一つ知ってます。津市のジャンボ餃子です。大門にあります。

    1. 粉物は人気がありますものねぇ。
      しかし津のジャンボ餃子は、頂いたことがありませんねぇ。

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