「天職一芸~あの日のPoem 343」

今日の「天職人」は、岐阜県高山市の「椅子革裁断師」。(平成21年10月28日毎日新聞掲載)

蜜柑の箱に将棋板 古く傾(かた)いだ椅子二脚                 祖父と隣りのご隠居は 舟漕ぎながら駒を指す                 「さぞかし尻も痛かろう」 父はボロ屋で裏革を                 がめて座面を包(くる)み込み 「これでええ夢見れるやろ」

岐阜県高山市で、北欧家具を製造するキタニ。椅子革裁断師の植田一良さんを訪ねた。

「ある日、お婆さんがみえて、『爺さんが昔、職人に作らせた椅子を、直してもらえんか。孫に使わせたいで』と。座面を開くと、中に緩衝材として藁と草が。だからそのまま、新しい藁と草を詰めて再生したんやさ。そしたら大喜びで。職人冥利に尽きるってやつかな?たかが椅子1脚、でも生き物なんやさ。職人が魂込めて、命を吹き込めば、末永く生きるんやで」。一良さんは、懐かしげに笑った。

キタニでは、飛騨匠の末裔たる家具職人たちが、己が手力を頼りにその技を競い合う。

一良さんは昭和36(1961)年に誕生。

だが小学2年の年、両親が離縁した。

「勉強より、物作りや機械いじりが好きで、自動車の整備士になろうと」。

工業高校を出ると、お茶、火薬、包装資材等、幅広く手掛ける鍋島商店に入社。

「梱包機の修理担当で入社したはずが、1月毎に全部の事業部門を回らされて」。

入社からわずか3ヶ月を迎えた時だった。

「お前、行って来いって」。

子会社であるキタニのウレタン加工所へ異動。

大阪から来ていた職人が、怪我をし欠員が出たからだ。

「巨大な食パンみたいな、幅2㍍、奥行き1㍍、高さ80㌢ものウレタンの塊を、スライス機で薄く梳(す)いて。椅子のクッションに加工し、家具メーカーに納めるんやさ。ここらは脚物(あしもの)の産地やで」。

次第にウレタン加工から、布張り仕上げへと業務領域も拡大。

いつしか木工職人も増え、自社製品の製造へ。

「ちょうど15年前。これからは福祉やと、社長が福祉の先進国である北欧へ視察に。すると倉庫の片隅に、昔の北欧家具が。それをコンテナで持ち帰って来たんですわ。椅子も何10脚と。最初皆も呆気にとられ、『社長が北欧からゴミ買い込んで来たぞ』って。でもよく見ると斬新な作りで。バラした途端、職人魂に火が点いて、もう夢中。ソファーも座面をはぐると、草や獣毛が出てくるし」。

職人たちは獲り憑かれた様に、半世紀前の北欧家具職人たちの手業を学んだ。

そして平成8年、北欧家具の復刻製造へと乗り出した。

裁断師の作業は、3次元に描かれた図面から、2次元に座面の型を起こし、革を裁断することに尽きる。

「それが縫い合わされて3次元に仕上がると、ゾクゾクッとして。牛革の腹と背は伸びるが、尻は伸びんから、それを計算に入れんと」。

平成16年、同じ職場のかづみさんと、7年越しの恋を実らせ婿入り。

やがて二女を授かった。

「20歳のころ、尻まくって辞めようかと。でも年配の女性が早まるなって引き止めてくれて。でも辞めんでよかった。裁断師として、型出しする面白さにも気付かんかったやろし、妻とも巡り逢えず仕舞いやったろで」 。

きっと誰もがいつかは巡り合う、一人に一つの天職一芸。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 343」」への10件のフィードバック

  1. なかなか買い替えは出来ないけれど、家具屋さんで色んな家具を見てるだけでワクワクしちゃいます⤴️

    1. わかりますねぇ!
      ショールームで眺めているだけでも、部屋の衣替えのイメージトレーニングが出来ちゃいますものねぇ。
      まあぼくの場合は、イメトレだけで終わっちゃいますか(汗)

  2. ひゃー、久しぶり~
    会社員になり、コロナでなかなかスマホみれず…
    高山~
    ぼくの世話になった詩吟の先生がバリバリの時
    よく高山にこたつの脚を作ってトラック走らせた
    ときかされてました

  3. 「天職一芸〜あの日のpoem343」
    「椅子皮裁断師」
    縁側のゆらゆら揺れる椅子に癒されています。ちょと腰掛けてみたくなりますね。

    1. 卵の殻の中で居眠りするようで、憧れちゃいますよねぇ。
      でもわが家のリビングに吊ったら、天井が落ちて来そうです(笑)

  4. 当時 職人さん達が目を輝かせて 夢中になって作業されてる姿が目に浮かびます。運命の出会いのよう…( ◠‿◠ )
    椅子って相性がありますよね!
    フィット感や硬さ柔らかさや落ち着き感など。
    私は フワフワなソファーが苦手。外出先で座らなきゃいけない時は 座面の前の方の少し硬い所に座るようにしてるので 背中の後ろにもう一人座れるぐらいの空間が空いてます(笑)

    1. 人それぞれ、好みの椅子ってありますよねぇ。
      アメリカンタイプのフワフワソファーより、ぼくもどちらかと言えば、ヨーロピアンタイプのちょっと硬めのソファーの方が好みです。

  5. こんにちは。おひさしぶりです。
    職人が手間隙かけて形にした一品・・・なんとも憧れますね~私にとってはとても手の届かぬあこがれですかね~(笑)私も職人のほんの端くれとしては見習わなければならない部分がありますね この方も
    「尻まくってやめたろか~!」って若い頃は思ったことがおありだったんですね 私なんかは若い頃はしょっちゅうだったな~

    1. どんな時でも、どんな時代になっても、「尻まくって!」なんてありますもの。
      でもそれも、成長の過程で不可欠なことかも知れませんって!

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