「天職一芸~あの日のPoem 342」

今日の「天職人」は、岐阜県高山市の「飛騨の杉玉職人」。(平成21年10月21日毎日新聞掲載)

昔家並の一之町 お店(たな)の庭に紅葉燃ゆ                  大徳利をぶら提げた 父が背伸びで軒仰ぐ                    造り酒屋の杉玉は 茶から緑へ色直し                      今日か明日かと待ち侘びた 父は新酒に紅葉色

岐阜県高山市の杉玉職人、二代目の中谷紀久雄さんを訪ねた。

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「青々した杉玉が、造り酒屋の軒に吊るされると、左党の連中は『おっ、いよいよ新酒が出来たか』って、仕事どころやないさね」。紀久雄さんは、盃を傾げる真似をした。

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紀久雄さんは昭和15(1940)年に長男として誕生。

「高校行きたかったんやけど貧乏で。親父が首を縦に振らんのやさ」。

飛騨市古川町にあった農業講習所へと、自転車で砂埃を蹴散らし、片道1時間の道程を通い続けた。

1年の講習を終え、家業に従事。

「米に野菜作りと、蚕の世話。1年やったけど、これが思い通りに行かんのさ」。

そこで、他人の飯を食わせろと、父に直談判。

県外派遣実習生制度を利用し、3ヶ月間長野県小諸市の農家へ。

セロリ、レタス、カリフラワーの、栽培を学んだ。

「友達が派遣された農家に、乳牛が2頭おったんやさ。それで毎晩そこ行って、手搾りの搾乳を覚えたんやて。帰ったらいつか酪農やろうと」。

大志を抱き、高山へ。

そして昭和35年、ついに子牛を手に入れた。

「農協から金借りて、隣の宮村から、生後2ヶ月の子牛を、1頭3万円で買って来たんやさ」。

翌春から搾乳が始まった。

「農家は冬、金が入らん。でも牛は、自分の血液を乳に代えてくれるんやで、搾乳すりゃ毎月金になる。ありがたいもんやさ」。

昭和38年、宮村から香代子さんを嫁に迎え、二男一女を授かった。

「搾乳始めた頃、農機具屋でバイトしとったんやさ。それで耕運機売りに入った家で、耕運機売らんと嫁もろて」。

新婚旅行は2泊3日で伊豆の温泉へ。

「牛飼いは旅行に行けんで、せめて新婚旅行だけはと」。

昭和43年には、乳牛も20頭に。

自分でブロックを積み、コンクリートを打ち、牛舎を建て増した。

「その2年後やったかなあ。父が酒造元から依頼されて、試行錯誤の上、杉玉作るようになったんは」。

父は農業の傍ら、コツコツと注文に応じ杉玉作りに精を出した。

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ところが平成元年、父が病の床に就いた。

「段々呆け始めて、注文受けても作らんのやさ。最初は畑が忙しいって、嘘こいとったんやけど、わしがせんとしゅあないし」。

作り方や段取りは、父の後ろ姿から学び取っていた。

杉玉作りの第1は、杉の枝打ちに始まる。

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「近場は、皆親父が刈り尽くしたもんで、車で30分以上かけて走らんと」。

細かく枝打ちした根元を針金で縛り上げ、番線と金網で球体にした杉玉籠に差し込み絞り上げる。

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次に全体が球体になるように、剪定鋏で荒刈りし、仕上げに花切り鋏で細かく刈り込む。

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「そこがこつやのう。まあ、心が丸けりゃ、丸なるって」。

棕櫚縄で吊り手を付ければ完了。

大きな物は一週間を要する。

「材料ただでも、手間がかかるで。わかるろう」。

深まり行く秋の気配。

酒屋の軒に、青々とした杉玉が吊るされる日も近い。

ささ、まずは一献。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 342」」への6件のフィードバック

  1. 造り酒屋に興味を持ったのはここ数年。軒先の杉玉を見て、誰が造っているんだろうと疑問でした。杉玉を造る職人さんがいたのですね。納得したわぁ⤴️

    1. 杉花粉症の職人さんは、もしかしたら大変なんでしょうねぇ。
      でも杉玉用の枝打ちした杉の葉からは、花粉なんて飛散しないかぁ!

  2. 以前 テレビ画面を通して見た事はあっても その意味を知りませんでした。
    なんとまぁ風流な…
    青々した時が新酒なら 茶色がかった頃は 熟成されてるって事ですよね?
    その都度味わってみたいなぁ〜。
    最近 自分に合う日本酒はどれかなぁ〜と思いながら 少量(笑)の日本酒を品を変えながら買って味わっているので 興味津々です( ◠‿◠ )
    ただの呑んべいだったりして(大笑)

    1. お酒の良し悪しは、誰かのおすすめだとか、流行だとかではなく、自分自身の好みで決めたいものです。
      そしていつかはきっと、自分好みのお酒と巡り合うんでしょうね。

  3. 「天職一芸〜あの日のpoem 342」
    「飛騨の杉玉職人」
    何気なく杉玉の下をくぐっていました。
    昨年はこれくらいの季節だったようなと ふらりと酒蔵を尋ねたところ
    今年は「明日 開催予定なんですよ」とお店の奥まで案内して頂きました。
    毎年盛大に行われていた行事も今年は充分に感染対策をして縮小してとの事でした。あと少しだけ ほんの少しだけ
    ひとりひとりの心がけで命が守られるのなら 気をつけていきたいと思います。

    1. 杉の葉の色が変化しながら、過行く季節を教えてくれるなんて、なんとも風流なアイキャッチャーですよねぇ。
      コロナもさることながら、いつ襲ってくるかわからない地震も怖いものです。
      心してその日その日を生き永らえられていることに、感謝をしたいと思います。

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