「天職一芸~あの日のPoem 328」

今日の「天職人」は、岐阜県飛騨市古川町の「千鳥格子建具師」。(平成21年7月8日毎日新聞掲載)

路地の打ち水涼を呼ぶ 風鈴チリリン古都の宿          宵の口から湯浴みして 君の長湯に肘枕             衣擦れの音(ね)に目を覚ましゃ 千鳥格子のその向こう     浴衣姿で横座り 濡れた黒髪君が梳(と)く

岐阜県飛騨市古川町の匠工房、千鳥格子建具師の住寿男さんを訪ねた。

写真は参考

「先人の技を超えたい」。

その思いが、数100年前の匠の技を、深い眠りから揺り起こした。

匠の末裔としての己が手に、先人の魂が宿れとばかりに。

「まだまだ奈良や京都には、目から鱗の作品がありますって。修業は永遠やさ。まるで回遊魚みたいにな。だから極めた積もりになって、手を止めようもんなら、それで仕舞いや」。寿男さんは、飛騨古川まつり会館に展示されている、祭り屋台「瑞鳳(ずいほう)台」の扉として取り付けられた作品と同じ、面越(めんこし)千鳥格子の衝立を広げて見せた。

裏面には、秋田杉と神代杉(じんだいすぎ)が市松模様に、ピタリと組み込まれ一縷の隙もない。

縦桟を一本おきに、まるでチドリの足取りのように、互い違いに横桟で機を織るよう編み込まれている。

寿男さんは昭和16(1941)年、旧神岡町(現・飛騨市)の農家で6人兄弟の末子として誕生。

中学を出ると、高山市内に下宿し職業補導所に通い、木工関係の基礎を学んだ。

翌年、同市内の建具屋に入り、指物や雑木工の修業に。

「18歳の頃やったかな。親方と荘川へ向う途中、軽岡峠の頂上で地蔵堂を見かけたんやさ。そのお堂の扉に、機織りに組まれた不思議な格子があって。よう見ると、1箇所だけ格子が壊れとるんやて」。

そこから仕掛けのからくりを覗き込み、頭の中で編み方を思案した。

「明治の中頃、高山の名工と呼ばれた岡田甚兵衛が、地蔵堂に何度も通い詰めて、からくりの謎を解き明かそうとしたそうや。それにしても謎が解けず、ついに一部を壊してからくりをその目で確かめたとか。とにかくその技を目の当たりにして、職人の魂が揺さ振られたんやろな。いつの日か自分も手掛けたいって」 。

昭和35年、古川町でも指折りの建具屋へ移籍。

2年後には妻を得、やがて一男一女が誕生。

12年に渡る修業で、建具と指物の技を会得。

ついに昭和47年、親方に認められ住建具店を開業。

「独立した頃は、仕事に追われるばっかり」。

少し余裕が出来、千鳥格子に取り組み出したのは、昭和が平成へと改まる頃だった。

「しかしそれからも、試行錯誤の連続」。

やっと納得のいく作品が仕上がったのは平成6年。

直ぐに面越千鳥格子の製法組付け特許を申請した。

それから6年、晴れて念願の特許を取得し商品化へ。

面越千鳥格子は、まず檜の桟を木取りすることに始まる。

次に桟へ均等に墨付けを施す。

10分の1㍉の誤差もあってはならない。

そして編み込む部分の面越を4分の3切り込み、組み手も同様に切り込む。

次に4つの角を丸く面取りし、縦横の桟を生糸のように編み上げる。

衝立やガラス入り飾り窓。

意匠は異なるが、いずれも狂い一つ無き精密機器のようだ。

天晴れ飛騨の匠。

木の性質をとことん知り尽くす職人技。

果たして何100年か先の世に、寿男さんの技を見破る、後世の匠は現れ出でるであろうか。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 328」」への4件のフィードバック

  1. 飛騨古川、バスツアーを思い出します!匠の館、見学しました。組み木の精度、ハンパ無かったですね。

    1. 物凄い緻密さで組み込まれていて、びくともしないからビックリですよねぇ。

  2. そう言えば 神社に行くと千鳥格子の建具ありました。いつも何気なく見てるから 今回ブログを見て「あ〜」って(笑)
    なるほど!からくりの謎だらけだ!
    不思議は素敵!
    だから 永遠に謎のままでもいいような気がします( ◠‿◠ )

    1. そうかも知れませんねぇ。
      でも職人魂のある方は、ついつい先達への競争心が刺激されてしまうんでしょうねぇ。

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