「天職一芸~あの日のPoem 323」

今日の「天職人」は、三重県伊賀市上野の「コロッケ屋」。(平成21年6月3日毎日新聞掲載)

土曜の午後を待ち侘びて 下校の鐘に飛び出した         玄関先で鼻を引く 味噌汁オジヤおご馳走(っつぉ)       月に一度の土曜日は 父も半ドン早帰り             その時だけはもう一品 コロッケ付きの大振る舞い

三重県伊賀市上野。西澤のコロッケ、主の西澤信雄さんを訪ねた。

古い町並みの一角に、客が列を成す店がある。

「数年前からバスを何台も連ねて、ツアー客がやって来るようになったんさ。それで揚げたての、熱っいコロッケ頬張って」。信雄さんが自慢のコロッケを差し出した。

表面の衣の絶妙な焦げ茶色。

サクサクとした舌触りは、病み付きになりそうだ。

肝心の具はすき焼風味の挽肉に、さらさらとした男爵芋が見事に絡まり、ほのかな甘味を引き出す。

「実家が伊賀牛の肉屋やで、ええ肉使(つこ)とるで」。

信雄さんは昭和12(1937)年、肉屋の三男坊として誕生。

中学を出ると父から告げられた。

「お前、何とか自分で身を立てろ」と。

「ほんでもアカンわ。遊び呆けてコレばっかで」。小指を突き立てながら笑った。

「そんな頃に、コロッケ屋の話しが出たんやさ。当時、行商のコロッケが1個3円50銭で、これぐらいならもっとええ味出せるやろうって」。

関西へ出掛けてはコロッケを食べ歩き、試行錯誤の毎日。

そして昭和30年、大阪で知り合った当時18歳の桂子さん結婚。

翌年6月、ついに実家の肉屋の隣りに、コロッケ屋を開業した。

「『試食やで、ただで食べてってぇ』ゆうて、300個くらい食べてもうたかな」。

すると皆が口を揃え美味いと。

「そしたら『お前これなんぼで売るんや』って。『ほなラッキーセブンの7円でどないや』ってな調子で」。

他所の倍の値段にも関わらず、連日200人近くが開店を待った。

「ほんでも涼しなると、お客が肉屋へ逃げて行きよる。やっぱり揚げ物は、暑い時やないと売れやん」。

最初の4~5年は、晩秋から春先までコロッケ屋を休業し、肉屋を手伝った。

「東京オリンピックの年やったわ。子が出来たと思ったら死産で、女房まで癌に蝕まれて」。

10日に一度の割合で、タクシーを2時間半飛ばし、入院先の大阪へと見舞った。

だがその甲斐無く妻は他界。

初盆を終えると、周りの勧めで従兄妹の美智子さんと再婚。

一男一女を授かった。

絶品のコロッケ作りは、午前3時から6時間かかる仕込みに始まる。

まず伊賀牛の肉とスジをすき焼き風に煮込む。

次に男爵芋とみじん切りにした玉ねぎを加え、塩胡椒で味を整える。

そしてオリジナルの型にネタを入れて形成し、衣を付け食パンの耳を乾燥させたパン粉を塗し、油で揚げれば完成。

夏の最盛期には、日に3500個が飛ぶように売れて行く。

「ある日大手のメーカーから『いくらやったら、レシピを教えてくれるか?』って訪ねて来てな。そんなもんあかんわ!お客さんと半世紀かけて、共に作って来た味なんやで。大量生産されたって、同じ味は出来やん」 。

1個157円の庶民のおご馳走。

コロッケ一つに惜しげもなく生涯を費やした男は、半世紀前と何一つ変らぬ笑顔で、今日も客を出迎える。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 323」」への8件のフィードバック

  1. 「天職一芸〜あの日のpoem323」
    「コロッケ屋」さん
    朝から美味しそ〜です。
    子供の頃に夕食を待っている時間帯のNHKのドラマで
    「この町は父ちゃんが働いてる町〜」
    とゆうような歌詞を聴いてドラマの中に出てくるコロッケに「コロッケって美味しそう〜」と思っていた遠い昔を思い出します。

    1. 昭和半ばの食卓では、コロッケも立派なご馳走でしたねぇ。
      家なんて3人家族なのに、いつだってお母ちゃんが大きな皿に山盛りのコロッケを作っちゃうものだから、3日も4日もコロッケ三昧だった事を思い出しましたぁ!

  2. 肉じゃがが残ったらって言うか、少し多めに作り次の日は肉じゃがコロッケにリメーク。一からコロッケを作るよりも楽チン⤴️

  3. コロッケ されど コロッケ( ◠‿◠ )
    無性に食べたくなる時があります。
    揚げたてなんて堪りませんよね!
    サービスエリアで食べるコロッケって これまた美味しい。
    シンプルなコロッケも好きだけど かぼちゃのコロッケがあると つい手が伸びてしまう私です。
    でも クリームコロッケは ちょっぴり苦手。

    1. ああっ!
      ぼくもクリームコロッケは、苦手です!
      ジャガイモが一杯で、挽肉が数えるほどしか入っていないような、安いお肉屋さんのラードで揚げたコロッケが、大好物です!

  4. 買って来ました〜 (◕ᴗ◕✿)
    お肉屋さんのコロッケ❣
    家族団らんの日、食卓に並んだ思い出のコロッケ 近くのお肉屋さんのおばちゃんの手作りコロッケ 。◕‿◕。
    懐かしさもプラスされ とっても とっても 美味しくいただきました 
    次回は ビールを ぷっファ〜 お供にしたいですね (灬º‿º灬)♡ 

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