「天職一芸~あの日のPoem 312」

今日の「天職人」は、三重県志摩市的矢の「的矢牡蠣職人」。(平成21年3月10日毎日新聞掲載)

牡蠣殻割れば故里の 磯の香りが立ち込める           母から届く小包は 凍てつく冬のお御馳走(ごっつお)      そのままジュルリ吸い込めば 浜の懐かし味がする        母なる海が育んだ 伊勢御饌(みけ)つ国的矢牡蠣

三重県志摩市的矢で大正8(1919)年創業の、清浄的矢牡蛎「佐藤養殖場」。四代目の佐藤文彦さんを訪ねた。

幾重にも突き出た岬が、的矢湾をやさしく抱(いだ)く。

凪いだ海に200基もの筏がたゆたい、海鳥たちがゆるりと舞い飛ぶ。

「何とも言えやん、ええ景色ですやろ。爺さんはこの海を誰よりも愛し、この海に一生を捧げたようなもんですんさ」。文彦さんは、眩い陽射しを照り返す海を眺めた。

文彦さんは昭和44(1969)年、東京都新宿区で長男として誕生。

大学を出ると生協へ入社。

トラック一杯に生鮮食料品を積み込み、毎日販売に明け暮れた。

「『就職するなら、一生勤めるつもりで探して来い』って言われ、そのつもりでおったのに。3年したら、元々体の弱い父が『跡継いでくれ』って」。

平成7年、祖父が生涯を捧げた的矢の海へ。

佐藤養殖場の歴史は、「垂下式牡蛎養殖法」を開発し、昭和28年に紫外線で海水を殺菌する浄化法で特許を取得した、祖父忠勇(ただお/故人)の人生そのものでもあった。

忠勇は、大学の水産科で養殖とプランクトンを学び、やがて養殖真珠に取り組まんと的矢へ。

しかし養殖真珠の壁は厚く、挫折を繰り返した。

一人また一人と、養殖真珠を当てこすった山師が去る。

しかし忠勇はただ一人、暮れなずむ的矢の海を眺め続けた。

その時、朽ち果てた真珠筏に目が奪われた。

そこには何と牡蠣の稚貝が付着。

この日から、的矢牡蠣の歴史は刻まれ始めた。

的矢牡蠣の養殖は、宮城県松島から10月末に稚貝を仕入れることに始まる。

「夏に牡蠣が抱卵する頃、種とり言うてなあ、海中にホタテ板(貝殻)を沈めて、稚貝がくっつく習性を利用すんやさ。だいたい大潮から大潮までの2週間ほどかけて。小指の爪ほどに成長した種牡蠣を仕入れて、的矢の筏に吊り込むんさ」。

翌年秋口には、ホタテ板1枚に20個ほど牡蠣が成長。

それを一旦引き上げ、選り分けて牡蠣籠に移し、再び海中へと沈める。

そのまま1~2ヶ月もすれば、色艶もよく大きく育ったプリプリの的矢牡蠣が誕生する。

「毎年10月から出荷用の牡蠣を水揚げして、爺さんの特許浄化法で、一昼夜かけて紫外線で滅菌した海水シャワーを浴びせ続けるんやさ」。

出荷は3月末まで続く。

「昔は1年に300万個も売れたけど、今はその半分やなあ」。

文彦さんの「清浄的矢牡蛎」は、鮮魚市場には出回らない。

「生牡蠣は鮮度が命やで、爺さんの代から、相対の直販専門やわ。有名ホテルや料亭、あとは全国各地の、先代からの個人のお客様」 。

文彦さんは平成18年に地元の昌美さんと結ばれ、湾を見渡せる場所に新居を構えた。

「的矢の海は、爺さんの研究通りプランクトンが豊かやで、日本一の牡蠣を育ててくれるんやさ」 。

文彦さんの伊勢訛りも、今ではすっかり板に付いたようだ。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 312」」への9件のフィードバック

  1. ハァ〜 良い景色だなぁ〜( ◠‿◠ )
    この冬 あまりの寒さに 熱燗をよく頂くようになってる私としては 素敵な景色を望めるお宿で 生牡蠣や茹で牡蠣や牡蠣鍋や焼き牡蠣を食べながら 熱燗を頂きたいなぁ〜。
    雪景色なら なお最高!

    1. ぼくはどちらかと言うと、貝類がちょっと体質に合わないのか、生牡蠣は基より焼き牡蠣とかも身構えてしまいます。
      ただし、岩牡蠣の白ワイン&ブルーチーズ蒸しや、ハマグリのしゃぶしゃぶは平気なんだから不思議なものです。

  2. 生牡蠣にレモンをキュッ!と 絞り ジュルリ!! 「 あー 食べたーい ❕」

    的矢牡蠣小屋の 牡蠣は 大きくて ぷりっぷり 焼いてもちっちゃくなからいから豪華だよ❗って 友達から聞いていたけど 昨年は行けなかった 〰️ (*_*;

    今夜は 牡蠣を揚げて カキフライに ビールで 「 Cheers”! 」
    落武者殿の 6◯歳の 誕生日 お祝~い❗
    早く腰痛が治りますように (^-^ゞ

    1. あらら、落ち武者殿のお誕生日ですかぁ!
      そいつぁ目出度い目出度い!
      ほんと、早く腰痛が和らぎますようにと、ぼくも念じておきましょう!
      ぼくもカキフライなら、結構食べれます!

  3. 今よりもう〜んと若い頃、殻付きの牡蠣を戴いたものの、殻を開ける道具もなくステーキナイフで四苦八苦。オカダさんは、スッと開けられるんでしょうね。

    1. ぼくもステーキナイフで蛎殻の淵っこを叩いて、少し開いた空間にステーキナイフを突っ込んで、空を開いてカキフライにしました。
      そんな画期的で洒落た道具なんてありません(汗)

  4. 今晩は。
    的矢牡蠣職人のお話ですね。

    職人さんは、牡蠣の養殖を、しているのですね。

    私は、牡蠣は、どんな調理を、食べません。 牡蠣を、食べて当たるのが怖いからです。

    牡蠣の殻は、良いです。(牡蠣の殻は、漢方薬の材料に入っているからです。)

  5. こんな岐阜の東濃にもナマ牡蠣を食べさせるお店ができるようになりました。ボクもオカダさんと同じく、カキフライ派なので関係ないですが。次回オカダミノルバスツアーがあったら、行先は三重県?

    1. ええっ、的矢ですか???
      ぼくはやっぱり、本物の高木ともふみさんと一緒にカキフライにキリン一番搾りですなぁ!

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