「天職一芸~あの日のPoem 310」

今日の「天職人」は、三重県南伊勢町田曽浦の「伊勢海老仲買人」。(平成21年2月24日毎日新聞掲載)

年始回りに娘連れ 上司にたかるお年玉            「上がって行け」と勧められ 御節をあてに「まあ一献」     さすが御節も三段重 一の重には伊勢海老が           皆で眺めて迷い箸 娘が素手で掴み取る

三重県南伊勢町田曽浦の山金商店、三代目伊勢海老仲買人の山本和博さんを訪ねた。

作業場の生簀には、網に覆われた篭がいくつも沈められている。

中では伊勢海老や蛸が、物静かに蠢(うごめ)き続ける。

「伊勢海老はなあ、上手いこと大角(おおづの)の触覚で、アサリの貝殻や魚の骨を口元へ寄せて来て、バリバリ言わせて食べよるんさ。いっぺん食べさせてみよか?可愛いもんですに」。そう言うと、男は生簀から篭を引き揚げた。

和博さんはカワハギを瞬時に捌き、背骨を伊勢海老の篭の中へと落とした。

「こいつらなあ、蛸が怖いんやさ。『海老伏せ』いう漁法があってな。片手に蛸ぶら提げて、伊勢海老を脅しといて、もう一方でタモ構えて追い込むんやさ」。和博さんが伊勢海老の胴を右手で掴み上げると、触覚と6本の両足が空を貪るように動き出す。そして尻尾を丸め油蝉のような声で、ジージーと鳴き出した。

「大角が片一方だけやったり、片側の足が3本連続で折れとったら、傷もんやで値打ちも無く売れやん」。

伊勢海老は志摩半島から相賀(おうか)浦にかける、熊野灘に面した磯伝いに生息する。

「この2匹の胴の固さ比べてみい」。和博さんが2匹の伊勢海老の胴を、片手で掴むように促した。

「こっちの胴が柔らかいですやろ。内代(うちが)わり言うてな、脱皮する前なんやさ。夜のうちに頭と尾の付け根の節から、上手いこと脱ぎ捨てるんですに」。

脱皮前の伊勢海老は、特に身がプリプリで最高だ。

「こうして1年に何度も脱皮を繰り返し、大きなって行くんやで。でも脱皮して間あないと、殻がフニャフニャで他のもんに襲われるんやさ」。

伊勢海老漁は10月から4月。

4月を過ぎると産卵期を迎える。

和博さんは毎朝5時から、日に何度も行われる競りに立ち会い、伊勢海老の色と大きさを熟練の眼(まなこ)で見極める。

山金商店の創業は昭和の初め。

「祖母が行商から始めて、父が店を構えたんやさ」。

和博さんは昭和22(1947)年、3人兄妹の長男として誕生。

東京五輪の翌年、高校を出ると体の弱い母を庇い家業に従事。

それまでの活魚中心から、作業場に生簀の設備を備え、本格的に高級食材である伊勢海老や鮑の、取り扱いに乗り出した。

「五ヶ所湾の田曽浦で水揚げされる伊勢海老は、伊豆や千葉のもんと茹で上がりのプリプリ感が違いますんさ」。

さすがに伊勢の名が冠された御饌(みけ)つ国の海老だ。

昭和46年、地元の青年団で知り合った由佳子さんと結ばれ、二女を授かった。

跡取りは問うと「娘が小さい時から、毎晩子守唄代わりに、念仏のように『後継げよ』と唱えとったけどあかんわ。それに皆が寝とるうちに起き出さんなん、きっつい仕事をさしともないし」と。

熊野灘の翁、伊勢海老と共に、43年を行き抜く男は、ちょっぴり寂しげにつぶやいた。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 310」」への7件のフィードバック

  1. ワァ〜!伊勢海老だ〜!
    懐かしいなぁ〜(泣笑)
    伊勢海老で思い出したんですけど 昔々日間賀島の旅館での夕食時 伊勢海老を縦半分にして マヨネーズクリームみたいなソースをかけて焼いた料理が出て来て 思わず「なんで〜?」って叫んでました。
    私は やっぱりお刺身が一番美味しいと思うから。
    歯応えとほんのり甘さが 堪らないんですよね〜( ◠‿◠ )

    1. 伊勢エビのお造りって、身が甘くってプリップリしてますものねぇ。
      変にこねくり回さない方が、素材本来の味わいを感じられますよねぇ。

  2. 高級食材って、普段の食卓に並ぶ事の無い特別な食べ物だよねぇ。あれ、あれ、あれっ!伊勢海老、鮑を最後に食べたのは何時だったっかしら^^;

    1. 正直ぼくは、根が安上がりに出来ているのか、伊勢海老とか鮑とか、何が何でも食べたいと言うことはないんです。
      それよりも今のマイブームは、「近江ホルモン」です!
      安上がりなもんです。

  3. * 伊勢海老 *
    初めて口にしたのはいつ頃 ?
    父が調理していたのは 見た事がなかったような ❔❔
    初めて伊勢海老だとわかって 口にしたのは 会社の慰安旅行で 三重に行った時
    (^-^ゞ
    宴会席には 立派な伊勢海老のお造りと 焼き海老が 一人ひとりに運ばれて来ました。
    お刺身は ぷりっぷりで 甘かったです‼️‼️
    (*⌒3⌒*)

    一昨年 伊勢神宮の 外宮近くのお店で 友達と2人で 一匹 お造りと生牡蠣を注文
    真っ昼間から ビールでぷっファー
    (。^。^。)

    その後 伊勢木綿のショップに寄った事 思い出しました〰️ ‼️‼️‼️‼️

    1. 外宮近くのお店でご友人とお2人で、伊勢エビ一匹のお造りと生牡蠣ですかぁ!
      こいつぁ、豪気なもんですねぇ!
      そいでもって真っ昼間からビールでぷっファ~ッとは、穢れ落としにはとってもいいお伊勢参りでしたねぇ。

  4. 今晩は。
    伊勢海老仲買人のお話ですね。
    仲買人さんのお仕事が、分かりやすく書いていますね。
    私は、伊勢海老を、食べた事が、有りません。

なごやン へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です