「天職一芸~あの日のPoem 302」

今日の「天職人」は、名古屋市熱田区の「曳(ひ)き売り釜炊き豆腐職人」。(平成20年12月16日毎日新聞掲載)

「トーフートフトフ」。

濁声(だみごえ)が ラッパ奏でて路地を行く          犬の遠吠え長い影 釣瓶(つるべ)落しに迫る宵         引き戸を開けて子供らが 路地へ駆け出す長屋から        オヤジに鍋を突き出して 「豆腐一丁、揚げ二枚」

名古屋市熱田区の、二代目曳き売り釜炊き豆腐職人の林正光さんを訪ねた。

写真は参考

 昭和の夕暮れは、豆腐屋のラッパの音と、「トーフー トフトフ」の濁声と共にやって来た。

子らは鍋を両手で抱え、豆腐屋を追い駆ける。

「今じゃあ曜日を決めて、ご近所を回っとるだけだわ。」。正光さんは、自転車から木箱を下ろした。

正光さんは昭和10(1935)年に、名古屋市中村区(現・笹島操作場跡地付近)で5人兄弟の長男として誕生。

「尋常小学校の頃だわ。戦争も末期で大豆も配給。やっとの思いで豆腐をでかした途端、ガラスを外してまって、手突っ込んで盗んでっててまうんだて」。

戦後の安寧(あんねい)と引き換えに、空襲に焼け出され新川町へと町ぐるみで移住。

新制中学を出ると、昭和25年に変圧器の製作所に勤務。

しかしわずか3ヶ月で父に呼び戻された。

「当時はまんだ大豆を、足踏みローラーの臼で挽いとった時代だて。痔を患っとった親父にはちょっと重労働だし、ちょうど豆の統制も外れた時だったで、豆腐屋の再出発だわ」。

毎朝3時に起床。

前日から水に浸しておいた大豆を臼で挽き、竃(かまど)に大鋸粉(おがこ)を入れて火を熾(お子)し、沸騰したお湯に大豆をそっと浮かべる。

写真は参考

「大豆が鍋の底へ行ってまうと焦げるでかん」。

やがて大豆が加熱され、湯の上辺へと浮き出す。

「次に油と硝石灰(しょうせきばい)の、泡消しを入れたると豆乳になるんだわ」。

それを布でこしてオカラを取り除き、苦汁(にがり)を入れる。

「今の豆腐屋は、本物の苦汁なんて使っとらんって。だいたいは、あらけにゃあことに硫酸マグネシウムだわ。だけんど俺んとこはほんもんの苦汁だぞ」。

次に型箱に流し込み、重石をして20~30分。

水槽へあけ固くなったら切り分ける。

「10℃以下の水でしっかり冷まさんと腐敗のもと。豆腐は生きとるで」。

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一斗缶1つに28丁。

それを3箱自転車の荷台に積み込み、上から木箱を被せて出発だ。

「昔はよう売れたで、リヤカーを自転車の横に付けとった」。

正光さんは作業場の竈を見つめた。

昭和30年、空襲で焼け出された町内一行は、現在地(熱田区)へと移転。

「結局、笹島の貨物駅に引っ掛かるもんで、ここが代替地だって。そんだで町内のお宮さん持って、みんなして移住だわさ」。

奇(く)しくもまた新たな出発となった。

「初めの頃は曳き売りしても、顔がにゃあで1日に1丁だて。まあ、たあけらしいでかん」。

顔が出来るまでに、10年を費やしたとか。

昭和39年、尾西市出身の久子さんと結ばれ、三人の男子に恵まれた。

「豆腐はよ、箸で挟めなかん。今の豆腐は、蒸気で火傷させとるだけ。俺とこみてゃあに、釜と炎でちゃんと炊いとんのは、もう愛知県内どっこもあれへん。豆腐の秘訣は煮方と固め方だわ」。

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林家の味噌汁は今でも豆腐一丁。

正光さんが半世紀をかけた、渾身(こんしん)の木綿豆腐からは、薄れ行く昭和の名残と味がする。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 302」」への13件のフィードバック

  1. 子どもの頃は、鍋を持たされて近くのお豆腐屋さんに買いに行ってました。
    よくオマケで、がんもどきやおからをいただいてましたっけ。嬉しかったなぁ。
    今の住まいの近所の美味しいお豆腐屋さんは次々と閉店されて寂しい限りです。
    昔ながらのちょっと固めのお豆腐が良いですね。
    お揚げの焼いたんのも食べたくなりましたわぁ。(^.^)

  2. 子供の頃、近所にお豆腐屋さんがあって、お鍋を持って買いに行くと、水槽の中のお豆腐を真っ赤な手で掴み、包丁で切ってくれる姿を見るのが好きだったなぁ⤴️

  3. うちの近所では まだ時々「豆腐〜⤴️」って聞こえてきますよ。自転車じゃなくて 小さい車ですけどね。
    そう言えば 今年一度も湯豆腐つくらなかったなぁ〜。
    お正月明けに作ろうっと。
    胃にも優しいですからね。

    今年もあと数時間で終わります。
    毎日オカダさんのブログを見て 癒されたり 頭の体操になったり(笑) …。
    本当にありがとうございました。
    オカダさん!良いお年をお迎え下さい。

    1. 毎日毎日欠かさずコメントをお寄せいただき、本当にありがとうございました。
      夢ちゃんもどうか良い年をお迎えください。

  4. お久し振りで御座います。ここ最近は何かとバタバタしていてここに来れなくて本当にもうしわけございませんでした。お豆腐屋さんのお話・・こうやって手作りのお豆腐って本当に美味しいんですってね~ 残念ながら私は食べた事がなくて人に聞くかテレビで見るかでしかしか知らないんですけど一回は味わっておくべき味ですね。やはりいいもの(食べ物 道具等)は当たり前かもしれませんけど手間隙かけて作らないと駄目なんだって、モノづくりを生業にしている自分に教えていただけたオカダさんのブログに本当に感謝です 今年1年本当にお世話になりありがとうございました。来る2021年はオカダさんをはじめ、ここに集う皆様全ての方々にとって素晴らしき1年になりますように!
    また来年も宜しくお願い申し上げます

    1. よっちゃんも、仕事に子育てにと、コロナの中でなにかと大変だったことでしょう。
      どうか来る年がよっちゃん一家にとって良い年でありますように!

  5. 幼少期は、大垣市南一色町の社宅ですごしました。市内の豆腐屋さんが荷運び用の自転車に乗って、あのラッパの音を鳴らして売りにみえました。ラッパの音が聞こえたら鍋を持って、僕も買いに行かされたものです。寅さんシリーズで、「豆腐屋のせっちゃん」こと長山藍子さんがマドンナ役ででておられた映画を思い出しました。渥美清さん扮する寅さんが、ニワカ豆腐屋さんになっておられた図を思い出します。お揚げも揚げておられました。
    会社の健診で太り気味を指摘されて、ご飯の代わりにお豆腐を食べなさい、とお医者さんに言われました。たしかにダイエットになりました。
    オカダさん、いろいろな話題を提供してくださりありがとうございました。いろいろありますが、どうかご健康に留意されてお過ごしください。

    1. 人生って厄介で不可解な物ですが、だからこそ味わい深いものなのですね。

  6. あけましておめでとうございます!
    オカダさんにとって、幸多き年になりますように!!
    雪がふり、冷え込んできましたので、くれぐれもお身体を大切になさってください
    (*^^*)
    コロナになる人がどんどん増えてきましたが、オカダさんも注意してくださいね!

    1. 初春のお喜びを心より申し上げます。
      今年がオータムオキザリスさんご一家にとって、素晴らしい年となりますように、心よりお祈り申し上げます。
      今年もどうぞよろしくお願いいたします。

  7. 今晩は。
    曳(ひ)き売り釜炊き豆腐職人のお話ですね。

    私は、豆腐は、絹ごし豆腐,木綿豆腐両方好きです。豆腐は、鍋の具材,味噌汁の具材,豆腐ステーキ,冷奴等好きです。

    曳き売り釜炊き豆腐職人さんの手作り豆腐美味しそうですね。

    私は、豆腐を、買う時に鍋を、持って行って買った事が、有りません。記憶に有りません。

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