「天職一芸~あの日のPoem 257」

今日の「天職人」は、三重県桑名市の「ゴーカート整備士」。(平成十九年十一月二十日毎日新聞掲載)

エレベーターのドアが開く 十円玉を握り締め      デパート屋上まっしぐら 乗り場へ急ぐゴーカート    既に子どもで数珠繋ぎ 列に並んで待ち惚け      やっとの事で番が来て あっと言う間に一回り

三重県桑名市でゴーカートの販売修理を手掛ける「Team KEIN’S」の代表、近藤浩二さんを訪ねた。

通りに面した大きなガラス窓。

自転車を乗り付けた父と息子が、まるで魂を絡め盗られたかのように瞳を輝かせ、真っ赤なフォルムのゴーカートに見入っている。

「カートは人間の五感を剥き出しにして、サーキットを最高二百㌔のスピードで走り抜ける、人間の限界と瀬戸際で鬩(せめ)ぎ合うレースだから。一度その魔力に魅せられれば、獲り憑かれたも同然」。浩二さんは、窓の外の親子を見つめた。

浩二さんは昭和35(1960)年、農機具販売を手掛ける家の長男として誕生。

「祖父が鍛冶屋やったで、昔から物造りに興味があった。それで小学校の時、家にあった農機具をバラしたんだけど、よう組み立てられず益々興味が芽生えてしまって。小学生の分際で、自転車を解体して溶接してみたり、独学で木製のレーシングカー造っては、一輪車やリヤカーのタイヤ付けて坂を転がしてみたり」。

いつかは己が手で、『レーシングカーを造り上げたい』そんな途方も無い夢を抱いた。

高校に上がると、今度はオートバイのエンジンを拾い集め、通販で部品を取り寄せてオートバイの組み立てへ。

役場に申請しナンバーも所得し公道を駆った。

卒業後は岐阜県高山市の専門学校で自動車工学を学び、20歳の卒業と同時に何の伝手(つて)も持たず冨士スピードウェーに乗り込んだ。

「日本のトップチーム『チームルマン』のメカニックを担当するセルモに直談判して」。晴れて四輪レースを支える整備士としてデビューを飾った。

昭和58(1983)年、23歳の若さで、高山の専門学校時代に知り合った、志織さんを妻に迎え二女を得た。

それからしばらく後、仲間のレーサーが不慮の事故で他界。

「レースは生死ギリギリの境目のショーで、車は走る棺桶のようなもん。自分たちメカニックが、部品に触り調整するその手加減一つで、車のコンディションが微妙に変わってしまうんだから」。メカニックとしての責任の重さを痛感した事故だった。

昭和62(1987)年から3年間、フリーのメカニックへ。

元F1レーサーの鈴木亜久里や二輪チームのメカを担当した。

「やっぱりレース界の恐怖を目の当たりにして来たから、30歳になつたら足洗うって決めとってね」。浩二さんは懐かしげにつぶやいた。

その後サラリーマンへと転進。

写真の現像を生業(なりわい)としながら、その狭間で今度はゴーカートと出逢うことに。

平成9(1997)年、郷里の桑名に戻りKEIN’Sを開業。

「まあ、行き当たりばったりの人生だったけど、夢を追い駆け、いつかその夢を追い越すことがぼくの夢」。

浩二さんの夢を載せたカートが、サーキットにエキゾーストノイズを響かせ走り抜けて行く。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 257」」への5件のフィードバック

  1. ゴーカートかぁ~⤴
    男子は憧れるね~~ぇ!
    遥か昔の若い頃・・
    三重の鈴鹿サーキットでコースを一部走れるアトラクションがあって
    ゴーカートで走りましたが、気持ち良かった!
    昔々、確か?新岐阜百貨店の屋上にもゴーカートがあったはず?
    昔は良かった!
    地元の百貨店の屋上へ行けば遊園地があったんだから・・
    今日はオチがないけど・・
    ごめんやすぅ⤴

    1. ゴーカートのスピード感は、やっぱり車高が低く路面と非常に近いだけに、物凄い体感なんでしょうねぇ。
      もうすっかりオッサンだから、今だったらもう怖いほどじゃないでしょうかねぇ。

  2. 今晩は。
    ・ゴーカートの整備士のお話ですね。
    ・ゴーカートの販売と修理をするお店が有るのですね。私は、知りませんでした。ブログで、勉強になりました。
    ・ゴーカートの修理屋さん貴重ですね。
    ・私は、ゴーカートに乗った事,実際に見た事が、有りません。

  3. 目をキラキラさせた少年のような職人さん。凄いなぁ〜 そんな職業に就けたなんて…。
    ホント!魔力ですよね。
    私も小さい頃 デパートの屋上で乗った事があって いつも囲いに付いてるタイヤにぶつかってました( ◠‿◠ )
    鈴鹿サーキットでは あの迫力を目の当たりにした事があるけど 見てるだけでフラフラ(笑)
    乗ったら間違いなく失神しちゃうでしょうね。

    1. ぼくもデパートの屋上で、10円玉を一個投入すると動き出す、ものすっごくおっそいゴーカート擬きに乗せてもらうのが、何よりの楽しみだったものです。
      でもいつも、あっと言う間に時間切れで!!!

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