「天職一芸~あの日のPoem 255」

今日の「天職人」は、名古屋市中村区名駅の「剥き物師」。(平成十九年十一月六日毎日新聞掲載)

三面鏡を前にして 母は紅注し髪を結う        「お前が嫁に行くんか」と 笑い転げて父が言う     結納祝う宴膳(うたげぜん) 野菜細工の鶴と亀     姉はこっそり涙ぐみ そっと幸せ噛み締める

名古屋市中村区名駅、野菜細工専門店の鈴亀。二代目剥き物師の鈴木竹春さんを訪ねた。

名古屋駅前の早朝。

柳橋市場界隈は、鮮魚を積んだ荷車やトラックが絶え間なく行き交う。

その一角。

学生服姿の少年と母親が屈み込み、店先に並ぶ商品を見つめている。

「すっげぇ!これって全部野菜?彫刻してあるの?」。少年は目を輝かせ、食い入るように眺め続けている。

「野菜の剥き物なんて、料理の引き立て役だって。芸術品とは違うんだで。野菜の命が尽きたらそれで終いだわ」。竹春さんは、一坪にも満たない店先で笑った。

竹春さんは昭和25(1950)年、愛知県安城市で魚屋の長男として誕生。

「元々板場職人だった父が、魚屋を開いて、その傍ら昭和30年頃から筍で亀を、長芋で鶴を細工しては、ここの市場の店先を借りて売っとっただ」。

やがてそれが人伝に評判を呼び、さまざまな冠婚葬祭用の剥き物にと注文が寄せられた。

「それでここに店を開いたんだって。当事は屋号も無く、お客の要望に応えて縁起物の細工をする毎日だわ。そしたら知らんとる内に鶴亀の『亀』が渾名になって、そいつがいつの間にか屋号へ」。

竹春さんは高校を卒業すると一年間父の剥き物を手伝い、その後一年間調理師学校へ。

20歳の年に家業に復帰し、父の手先を盗み見て細工技を身に着けた。

「だって幼稚園の頃から細工を見て育ったし、長男だったでやがては後取るもんだと思っとったでなぁ」。

それから五年後、隣町から厚子さんを妻に迎え、男子三人を授かった。

剥き物の素材は、筍、山芋、薩摩芋、大根、南瓜、西瓜にリンゴと四季折々で様々。

道具は、面取り包丁、細工出刃、丸抜き、刳り抜き、角鑿、丸鑿で、鶴亀は元より十二支、節分の鬼、孔雀、菊、菖蒲、芍薬と季節柄に応じ客の注文をこなす。

「彫れるもんなら何でも彫るわさ。素材の特徴を引き出しながら」。

屋号でもある亀の剥き物は、生の筍を半分に割く事に始まる。

筍の自然な形を利用しながら、まず亀甲を描き出し、次に頭と足へ。

足の爪や顔の細かな表情を細工すれば完成。

およそ一個を15~20分で仕上げる。

「野菜は生きとるで、手早くせんと痛んでってまうで」。

竹春さんにとって野菜は、まるで活け魚のような生き物そのものだ。

「火を通す炊き合せ用は、包丁を入れすぎると煮崩れてまうで注意せんとかん。飾り用は何より見てくれが重要やで、細かい所まで入念に細工せんとかんし」。

店先の入り口では長男基之さんが寡黙に包丁を捌き、剥き物を仕上げ続ける。

「あんまり力入れて剥き物造ると、後で食べれんくなるんだわ。情が移ってまって」。

小さな店で肩寄せ合う親子剥き物師は、野菜たちに己が技で剥き物と言う晴れ着を纏わせる。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 255」」への7件のフィードバック

  1. 普通は食べられて終わり・・
    野菜も着飾ってもらって、さぞかし満足でしょう⤴
    あたしは65歳でただのオジサンですが!
    見た目だけでもオシャレしてエエ男ぶりたいもんですぅ!
    えっ?髪の毛はムリやてぇ!
    どうせぇ⤴ちゅうのぉ!
    そこは、皆さん!諦めてもらわんと!

    1. 今晩は(^-^)
      氷の彫刻は見た事ありますが野菜の彫刻はみたい事ないです(^-^) でも実際に見たら素晴らしいよね(^-^)/ 感動します。ちなみに削ったかすはどうするんですかね? 捨てるなら勿体なよね。そのかす(カボチャ人参大根)でかす汁はどうかなぁか体が温まるよね(^-^)/

  2. 会席料理で時々見かけた事が。
    お料理の盛り付け方にも感心してしまうのに 命を吹き込まれたお野菜があると さらに見入ってしまい 素敵な時間が倍増しちゃいますよ( ◠‿◠ )
    どんな職人さんが作ってるんだろう?
    どんな風に剥いてるんだろう?
    自然と笑顔にさせてくれるお仕事 素敵です。
    少年が目を輝かせてる姿 いいなぁ〜

    1. ちょいと職人さんの一工夫で、食材を目で目出ることが出来るんですから、とくに慶事には欠かせない装飾かも知れませんねぇ。

  3. 今晩は。
    ・剥き物師のお話ですね。

    ・野菜細工の専門店が有る事 私は、知りませんでした。 勉強になりました。

    ・写真の剥き物綺麗ですね。食べるのがもったいないですね。

    ・料理の引き役(脇役)なのですね。
    野菜がお洒落になりますね。
    (野菜が作品に、なりますね。)

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