「天職一芸~あの日のPoem 249」

今日の「天職人」は、三重県四日市市の「味醂干し職人」。(平成十九年九月十八日)

夕日を浴びたススキの穂 家路誘(いざな)う秋茜    腕白どもは腹空かせ 一目散に駆け出した        角を曲がればどの家も 玄関先で七輪が         ぼうぼう煙り撒き散らす 秋刀魚塩焼き味醂干し

三重県四日市市の友印安田友栄商店。三代目味醂干し職人の安田友栄さんを訪ねた。

写真は参考

「何と言っても焼き立てが一番やさ!味醂の焦げる香ばしい匂いが、食欲をそそるんやで」。友栄さんは、冷凍庫の扉を開けた。白い冷気が足元に這い出す。仕上がったばかりの味醂干しが、冷凍庫の中へと運び込まれる。

友栄さんは昭和10(1935)年、五人兄弟の三男として誕生。

しかし長男と二男が相次いで病死し、後取りとしての宿命を負うことに。

「味醂干しを始めたんは、父の代からですんさ。伊勢湾で上がる近海物イワシやカタクチイワシなんかを。元々父は心臓が悪て、中学卒業前に倒れてもうたもんやで、そのまんま家業を継いだんやさ」。

戦後間もない昭和20(1945)年代の浜の暮らしは、近海で育まれた魚たちによってもたらされた。

「毎年一~二月は暇。三~四月にコウナゴが上がり出し、五~六月にかけて縮緬雑魚、七月から十月にカタクチイワシ、九月から十一月にかけてマイワシが上がり、味醂干しに追われたもんやさ」。

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戦後の目覚しい復興と高度経済成長。しかしその代償のように海が汚染され、近海物の水揚げも減少した。

「そこへもって伊勢湾台風の襲来で、漁師はみんなお手上げやさ」。

名四国道の建設に伴い、漁業補償が提示され多くの漁師が廃業へ。

「五十艘あった漁船が、わずか十艘やもん」。伝統的な近海漁業も終焉の危機を迎えた。

「『このまんま近海物に頼っとったらあかん!』と、日本各地からサンマ・アジ・サバ・イワシの産地冷凍もんを取り寄せるようになったんやさ」。

昭和36(1961)年、姉夫婦の紹介で近在から八重子さんを妻に迎え、一男二女をもうけた。

昭和38(1963)年に父が、翌年には母が相次ぎ鬼籍入り。

まさに激動の荒波が寄せては返す時代であった。

「近海物は取れやん。嫁さん貰って子供が出来たら、それと入れ替わるように両親を失のうて。海も人生も、自然との闘いですやん」。友栄さんは、切なそうに笑い飛ばした。

秋刀魚の味醂干しは、まず産地冷凍された秋刀魚を前日から自然解凍することに始まる。

次に頭を挟みで切り落とし、内臓を取り除き開いて骨を抜く。

そして水洗いし網の蒸籠に一枚ずつ干し、先代が作り出した溜まり・味醂・砂糖を中心とする秘伝のタレを刷毛で塗り、それを四~五回干しては塗ってを繰り返す。

最後に天日で二時間ほど干し、乾いた瞬間に冷却装置で身を引き締め、仕上げにタレで光沢を出し白胡麻を振りかける。

「天日干しには秋風が一番やさ。夏場は魚が蒸さってまう。それに仕上げは味醂やないとあきませんわ。溜まりやと黴が来ますでね」。

最盛期には一日数千枚の味醂干しが出荷され、家々の食卓へと上がる。

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「家でも絶えず試食してますわ。魚がないと飯食うた気がせんし。わしらはどこまで行っても、所詮日本人やで」。

味醂干し一筋六十年。

味醂干しを誰よりも愛した職人は、大衆魚を絶品の味へと引き立てる。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 249」」への11件のフィードバック

  1. そう言えば 最近食べてないなぁ〜 みりん干し。
    昔 旅館の朝食に太刀魚のみりん干しが出て 食べたら柔らかくて味付けも最高で…。
    お土産として買ったけど やっぱり同じように美味しくいただけませんでした。
    焼きが難しい。
    ご飯のお供に お酒のお供に 最高なんだけどなぁ〜。

    1. 太刀魚のみりん干しって食べたことないなぁ!
      でも美味しそうですねぇ。

  2. おはようございます。
    ・味醂干し職人のお話ですね。
    ・最近味醂干し(魚の干物)食べてませんね。
    ・味醂干し美味しそうですね。
    ・ご飯のおかずに良いですね。ご飯が進みますね。

  3. 若い頃は良く焦がしてたなぁ。今は、主婦歴も長く年季が入ったから大丈夫⤴️まぁ、歳取っただけだけど。

  4. 魚は焼き魚でなくっちゃ~⤴
    刺し身は、3切れ程で十分!
    最近「サーモン」好きな若者が多いような?
    それに、スーパーで握り寿司を買うと
    必ず「サーモン」が入っているのが・・
    昔はサーモンの握りなんて無かったような記憶・・
    喰わず嫌いなのか?
    どうも・・サーモン自体が納得がいかない!
    やっぱり「サバの塩焼き、さんまの塩焼き」
    うん~⤴いいねぇ!
    けど、さんまも高級食材になって行くんでしょうねぇ!

    1. 確かに子どもの頃、たまぁ~のたまぁ~にお客さんがあると、お母ちゃんが清水の舞台から飛び降りるかのように、寿司屋の出前を取ってくれたものです。って、それはお客様とお父ちゃんの分だけ。
      ぼくとお母ちゃんは、お父ちゃんが「わし腹一杯やで、まぁ喰えやんわぁ」とかなんとか言って、わざと残してくれた残り物を味わうだけ。
      でもさすがに、サーモンなんてぇなぁものは、無かったですよねぇ。

  5. 羊角湾のお魚屋さんから20年ほど前から時折干し魚を買ってます。鰺ミリン、太刀魚ミリン、鯖ミリン、鯵塩干しが美味しいです。天草は崎津天主堂近くの魚屋さん。やや味が濃いですが、それがうまいのです。オジイになって魚好きが加速してきました。この記事を拝読して、注文しようと思いました。

    1. そうですか!
      羊角湾で揚がる近海ものの味醂干しって、どんなお味なんでしょうねぇ。
      その土地土地の好みの味が味わえるってぇのも魅力ですねぇ。

  6. こんばんは。この記事のことが気になっていて一昨日、羊角水産に電話して鯖、カマス、アジのみりん干し及びイワシの塩干しを依頼しました。本日拙宅に届きました。ここの干物は結構塩分が高く、僕は大好きです。おすそ分けできないのが申し訳ないです。今度は丸デブに行ってみますね。

    1. 干物で一杯も、炊き立てご飯を頬張るのも、どちらも最高の瞬間ですよねぇ。
      また、「丸デブ」レポートを、楽しみにしています。

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