「天職一芸~あの日のPoem 241」

今日の「天職人」は、名古屋市中区大須の「歌舞伎一座 座頭(ざがしら)」。(平成十九年七月十七日毎日新聞掲載)

桟敷にデンと陣取って 幕が開くのを待ち侘びる     父は浮かれて冷酒を 湯呑で煽り赤ら顔         芝居も山場佳境入り 贔屓(ひいき)役者の大見得に   ここぞとばかり屋号飛び 舞台へ落ちるお捻りが

名古屋市中区大須、スーパー一座、座長の原智彦さんを訪ねた。

「当たり役は天下を転覆させるような国崩(くにくず)しの敵役、平将門とか清盛かな」。

原さんは昭和二十一(1946)年、長野県大桑村で六人兄妹の五番目として誕生。

父の転勤で小学二年の年に名古屋へ。

高校を卒業すると、電力会社の火力発電所に勤務。仕事の傍ら自分探しを続けた。

「二十四歳の時、愛知県美術館にゴミの作品を出品したんだわ」。まさに昭和四十五(1970)年、都市部を中心に和製ヒッピーが闊歩した時代だ。

前衛的な作品は、保守的な人々の物議を醸した。

「その時、演出・脚本の岩田信市さんと出逢ったんだって。そのまんま意気投合だわ」。

翌年、上司に惜しまれながらも会社を辞した。

「当時レインボー党ってのをみんなで作って、名古屋市長選の立候補者を公募したんだわ」。選挙カーはリヤカー。選挙事務所はTV塔前の公園。七色のテントにカラフルな衣装が党員のユニフォームだった。

予備選が行われ、岩田氏を候補として擁立。5千票を得たものの残念ながら落選。

「選挙も日常の一部として、いたって真摯に市長選に取り組んだんだけどなぁ。そりゃあ時には、公園で野点や踊りに紙芝居も演じたりしたけど」。連日、市政のあり方を熱く論じ合った。

「その後はチリ紙交換や便利屋。オリジナルアクセサリーを作って販売したり。でもこれが実は大当たり。そのおかげで喰わせてもらえたみたいなもんだわ」。

一ヶ月の内一週間だけ思いっきり働き、残りの三週間を自分に投資。

インド放浪にも三度出掛け、物質的な貧しさをものともしない少年の目の輝きに触れ、日本人としての価値観の在り方を自分に問うた。

二十七歳の昭和四十八(1973)年、岩田氏が経営するロック喫茶のアルバイト店員だった舞子さんと結ばれ、一男一女をもうけた。

五年後、大須に拠点を移し大道町人祭りを仕掛け、翌年一座を旗揚げ。

三十三歳の座長が誕生した。

その後のヨーロッパ公演では、ロンドンを皮切りに足掛け七年かけ七ヵ国で日本語版「マクベス」他を二百三十回上演。

「ちょうどイギリスでパンクが流行り出した頃だったんだけど、それよりもっとパンキーだと言われてさ。一流紙が『日本は車だけじゃなく、ついに文化も輸出』と題した記事を掲載するほどだったって」。

生活の一部に組み込まれているヨーロッパの演劇。

それを日本でも実現したい。

原さんの思いは大須師走歌舞伎となって実現し、今年でちょうど二十周年を迎える。

一ヵ月間の公演を控えた六年前、右足アキレス腱を切断。

ギブスを着けたまま病院を抜け出し舞台へ。

摺足(すりあし)・六方(ろっぽう)・見得と、山場の重要な所作も、右足を庇いながら演じ続けた。

さらに昨年、今度は胃癌に倒れ胃の四分の三を摘出。

「死を間近に感じて悟ったって。全力出しっ放しではいかん。ある程度力まず力を抜かんと。アキレス腱切った時も、だから真っ直ぐ立てたんだって」。

今やっと役者として、再出発の門を潜ったと嘯(うそぶ)きながら笑い飛ばした。

「九十歳で踊っとる夢見たんだて。それが俺の宿命かな」。

還暦を迎えた座頭は、今日も演芸場の舞台に挑む。

大須オペラ「カルメン」を引っ提げて。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 241」」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。
    歌舞伎一座 座頭(ざがしら)のお話ですね。
    ・TVで、オカダミノルさんが、地歌舞伎に出ていたのを見た事有ります。役は奉行さんだったと思います。間違っていたらすいません。
    私は、実際に歌舞伎を、見た事有りません。TVで見るくらいです。

  2. 物凄いバイタリティのある方!
    常に前を向いて歩いてる。迫力すら感じます。
    朝から刺激を受けました(笑)
    九十歳で踊ってる夢…
    きっと正夢になりますよ♡

    1. 願い続ければ、叶うまで願っていられるわけですものね。
      願いや祈りが叶う日まで、頑張り過ぎずに頑張ればいいってことですよねぇ。

      1. 一日も早く オカダさんや皆さんに逢えますように(柏手)
        その日まで 無理なく頑張りますね!

  3. 本当に!そうですねぇ!
    早くコロナが終息して、皆さんに会いたいもんです。
    特に、オカダさんには会いたい⤴
    ってぇ!
    相変わらずの二枚舌でしたぁ!

    1. このっ、二枚舌の落ち武者殿ぅ!!!
      でもそろそろ何か動き始めましょうか!

  4. 大須かぁ⤴️もう何年も行ってないですねぇ。敬老パスも手に入った事だし、今度ゆっくり歩いてみようかなぁʕ•ٹ•ʔ

    1. 大須はすっかり変わり果ててしまい、昔の大須とはもう別物のようですよ!
      でもそぞろ歩きのウィンドーショッピングにゃあ、もってこいでしょうねぇ!

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