「天職一芸~あの日のPoem 227」

今日の「天職人」は、岐阜市美殿町の「鮎菓子職人」。(平成十九年四月十日毎日新聞掲載)

蓮華畑の向こうには 農家の庭で泳ぐよな        緋鯉に真鯉風に揺れ 菖蒲の風呂に柏餅         長良の夏を告げるよに 鵜飼提灯火が燈りゃ       鮎菓子求め人の列 手土産提げて千鳥足

岐阜市美殿町、慶応元(1865)年創業のおきなや総本舗。五代目鮎菓子職人の林昌尚さんを訪ねた。

「和菓子屋は和菓子作りだけに精出しとればそれが一番なんやて。あれもこれもと欲出して、和洋折衷のような菓子作るようになったら終い。客の味覚の変化には敏感やないといかん。けど、売れるからと時代に阿(おもね)って、洋風の和菓子作りに走ったらいかん。長男の嫁がアメリカ人なんやて。その嫁も言うんやわ。『和菓子を洋風にしたら、折角の和の美しさがなくなる』って。嫁は茶華道も習う、日本人以上に日本人らしい人や」。昌尚さんは、店の奥の坪庭を見つめた。

昌尚さんは昭和十八(1943)年、四人兄弟の三男として誕生。

大学卒業が間近に迫った頃、三代目の父が体調を崩し、卒業と同時に店へと戻った。

そして既に四代目を継いでいた十歳年上の長兄、英太郎さんの元で修業を開始。

「初めの頃は、明けても暮れても洗い物ばっかり。前の晩に小豆を洗って、翌朝鍋にかける毎日」。そんな単調な毎日であったが、自然と火加減や季節毎の砂糖の分量の違いを敏感に感じ取って行った。

昭和四十五(1970)年、同市出身の八重子さんと結ばれ、一男一女を授かった。

「ちょうど鵜飼開きの日が、結婚式やったんやて」。

当時店先には路面電車が走り、関市や美濃市からも岐阜一番の繁華街柳ヶ瀬を目指し、多くの人々が押し寄せた。

「夜の十一時頃まで人が溢れかえって、店も遅くまで開けとったもんやわ。名古屋からタクシーで乗り付ける人らもおったほどやに」。柳ヶ瀬の栄華は、バブル時代の前半まで続いたそうだ。

昭和六十一(1986)年に五代目を襲名。「兄が体調を崩したもんだから」。

戦前から続く名代の鮎菓子は、端午の節句の柏餅と入れ替わり、鵜飼開きに合わせ店頭に九月末まで並ぶ。

そして暑い暑い岐阜の夏は、やがて終わりを告げる。

鮎菓子の皮は、小麦粉・卵・砂糖に重曹を混ぜ合わせ、一文字と呼ぶ銅板の焼き台で横に四つ、縦に三つを一度で焼き上げる。

「鮎を腹から二つに開いた大きさに、お玉の底で水溶きした小麦粉を、お好み焼きの要領で広げるんやて。最初の皮を一つ焼けば、銅板に焼き跡が付くから、後はそれに合わせて焼いてくだけ」。

一方、求肥(ぎゅうひ)は、餅粉を水で戻して蒸し、砂糖を混ぜて粘りを出して羊羹舟に空け、一晩おいて固める。

「皮が焼けたら棒状に伸ばした求肥を皮で包み、尻尾をキャッと折り曲げて、焼き鏝で口と目を入れるんやけど、どれも手でやるもんやでみんな顔が違うんやて」。昌尚さんは照れくさげに笑った。

一日に多い日は千匹。

ひと夏でおよそ四万五千匹を焼き上げる。

「添加物は一切使わないから、賞味期限は三日。砂糖の分量一つで、日持ち具合も変わる。まあ何でも美味しい物は、日持ちせんもんやて」。

一番の喜びは、出来立てを求めた客が、店の前で頬張ってくれる瞬間とか。

「いつまで経っても、一端の職人になれたとは思えんのやわ」。

老職人は居住まいを正し、自分に言い聞かせるよう謙虚につぶやいた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 227」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・鮎菓子職人のお話ですね。
    ・鮎菓子は、添加物を、使わないので、良いですね。 職人さんの手作り出来ているのですね。
    ・私は、鮎菓子好きです。美味しいですね。
    ・写真の鮎菓子可愛いですね。

  2. 二つ並んだ鮎菓子 確かに表情が違いますね( ◠‿◠ )
    上の鮎は キリッとしてて素早く泳ぎそうだし 下の鮎は 真面目でゆっくり泳ぐけど 周りを見ながら慎重に泳ぎそう (笑)
    「なんでも美味しい物は 日持ちせんもんやて」
    以前ブログに登場した職人さんも同じような事を言われてたような…
    餡子も好きだけど求肥も好きだから 焙じ茶飲みながら 食べてみたいわ〜。
    さり気ない甘さ大好き!

    1. もう朝のうちに伺うと、焼き立てをサービスで出してくれたり!
      また岐阜にお出かけの際は、ぜひぜひ!

  3. 鮎菓子
    美味し~~い⤴
    子供の頃からお店が有ったのは知ってましたが
    中々、敷居が高そうなので・・!
    今日も岐阜高島屋の「川上屋」へ行って来ましたが、
    相変わらず凄い人気でレジは並ばないと・・
    でも、オカダさんの人気程でもありませんが!

  4. 鮎菓子は美味しいですねぇ。
    私が勤めていた菓子の工場では、機械で流れ作業だったのでとっても忙しく、たまに求肥入れ等手伝いに行くとパニックになるくらいだったこと思いだします。

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