「天職一芸~あの日のPoem 199」

今日の「天職人」は、名古屋市西区の「玉子サンド職人」。(平成十八年八月八日毎日新聞掲載)

テルテル坊主軒に下げ  リュックにおやつ詰め込んで   遠足前は大わらわ 明日天気になるように        玉子の焼ける音がして 寝惚け眼で台所へ      ちょっと歪(いびつ)な出来だけど 玉子サンドのお弁当

名古屋市西区、創業昭和七(1932)年の喫茶西アサヒ。二代目玉子サンド職人の加藤順弘(まさひろ)さんを訪ねた。

「玉子サンドなんて、そう、美味しいもんじゃないって。そのかし手間はかかるけど。二人連れが二つ頼もうとするもんで、『まあ、一つにしときゃあ。一つ食べて足らんかったら、もう一つ頼みゃあええがね』って言ったるんだて」。何とも商売っ気の無い口ぶりだ。

「ごっつおさん!」。隣の席の客が誰にともなくつぶやいた。そして飲み終えたコーヒーカップをカウンターへと片付け、小銭をバラバラッと広げて店を出て行った。 順弘さんは、入れ替わるように来店した客が、おしぼりを自分で取り出し、いつもの席へと着く姿を見送りながら、黙って軽く頭を下げた。

「皆昔からの顔馴染ばっかだで。放っといても、好きにしとってくれるんだわ」。

順弘さんは、昭和十五(1940)年に、六人兄弟の次男として誕生。

「おふくろの手料理なんて、食べた記憶がないわ。昔は夜中の十二時頃まで店開けとったでなぁ。菓子工場に問屋、それにメリヤス工場と商人の町だったで、ここが情報交換の基地だったんだわ。だで毎日忙して、家族揃って食事した記憶なんてあれへんて」。

名物女将として角界や芸能人にまで、幅広く慕われた母きぬゑさんは、店を切り盛りしながら六人の子を育て上げた。

昭和二十八(1953)年。街頭テレビから吠える力道山の勇姿に、人々は足を止め歓喜の声を上げた。

「家にもカラーテレビがやって来てなぁ。まだカラー放送が、一日たったの五分程度しかなかった時代だて。力道山のプロレスが始まる頃には、超満員で劇場と一緒だわ。だで始まる前に木製の丸椅子を五十脚ほど運び込み、それを並べてからそろばん塾へ行ったもんだわ」。

順弘さんは東京の大学を出ると、帰郷し家業に就いた。

「当時七~八軒店があって、やらざるを得んかったんだて」。

名物玉子サンドの卵焼きは、一人前に玉子三個。

玉子に塩を加え、玉子本来の甘さを活かし、ふんわり焼き上がるよう、四十数回掻き混ぜる。「二十五回だと白身が残るし、百回だと今度は白身が崩れてまうで、四十回ちょっとが一番は跳ねっ返りがあってええんだわ」。

次にフライパンにバターを強火で溶かし、溶き玉子を加え、永年の勘だけを頼りにふっくらと焼き上げる。

「熱に負けると玉子がペラペラんなるし。玉子を可愛がらなかんて!空気玉が出来て割れたらかんし、玉子の吹き上がりを見ながら素早くまとめ込んでかんとな」。

見事ふんわり焼き上がった、厚さ三㌢もある玉子焼き。

写真は参考

次は、いよいよサンドイッチの組立作業だ。

まずは薄切りパンの上に、玉子サンドの名脇役、キュウリのマヨネーズ和えが敷き詰められる。

とは言えこのキュウリも、なかなか手間の掛かったものだ。

塩揉みし、丸一日おき、それを絞ってアメリカ製のマヨネーズ「ダーキー」で和えたシロモノ。

そこに真打ち、フカフカ玉子を載せ、真っ白なパンを被せれば七十年前の魅惑の味が出来上がる。

「七十年前は、これがハイカラな味だったんだわさ」。

平成の玉子サンド職人は、何の気負いも無く只照れ臭そうに笑った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 199」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・玉子サンド職人のお話ですね。
    ・昔からある喫茶店ですね。
    ・玉子サンド美味しそうですね。
    ・私は、玉子サンド好きです。マヨネーズと潰した玉子サンドと焼いた玉子が入ったサンドが、好きです。

  2. お昼にブログを開いたら…
    お腹が鳴る〜 めっちゃ美味しそう。
    卵焼きのフワフワ感たまりませんね( ◠‿◠ )
    掻き混ぜる回数や塩揉みきゅうりを1日おくこだわり。きゅうりの青臭さや水分が抜けるのかも?
    明日早速トライせねば!

    1. でも今は、べつの人が新しくお店を改装して、玉子サンドもやってらっしゃるようです。
      ぼくが取材でお邪魔した「西アサヒ」は、それはそれは昭和レトロなお店でしたよ。

  3. サンドイッチ!大好き⤴
    でも・・今!流行のフルーツサンドイッチ・・
    これは、許せない!
    そうなら、フルーツてんこ盛りのケーキでいいじゃん!
    一時!ハムカツサンドにはまって!
    毎日食べていたな~ぁ⤴美味しいもんねぇ!
    でもねぇ!ツナサンド・・これダメ⤴
    因みに「ツナおにぎり」もムリ⤴
    普通にサラダに入ったツナならイイけど!
    中々我儘なオジサンでした。

    1. まあ、そのお歳になっても、未だ改まらない好き嫌いは、もう正直手遅れでしょうから、我が道を行くしかありませんよねぇ。
      そう言うぼくもですが・・・。

  4. 「天職一芸〜あの日のpoem 199」
    「玉子サンド職人」
    初めて食べた玉子サンドイッチは茹でた玉子をつぶして塩、コショウ、マヨネーズで味付けしてあったので
    最初の頃は 今では考えられないかも知れないですけどパンに水分が染み込まないようにとパンにマーガリンをつけてのばしたものとマヨネーズをつけてのばしたものを作ってました。なのでサンドイッチに焼いた玉子が入っていた時は
    地球がひっくり返るくらい驚きました。

    1. 各ご家庭ご家庭の、お母さんのサンドイッチって、不格好でもとっても美味しかったものです。

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