「天職一芸~あの日のPoem 198」

今日の「天職人」は、岐阜市神田町の「帳簿屋店主」。(平成十八年七月二十五日毎日新聞掲載)

色鉛筆のピンクだけ いつも一番先に減り        とても哀しい顔で泣く お絵描き好きの妹が       泣き疲れたら夢の中 寝てる間に入れ換えよ      こっそりぼくの鉛筆と 目覚めて笑顔戻るよに

岐阜市神田町の加木鉃(かぎてつ)帳簿店、三代目店主の中村鉃正さんを訪ねた。

夕暮れの柳ヶ瀬バス停前。

バスを待つ勤め帰りの人たちが列をなす。

その頭上には、恵比須さんと大黒さん、それに大福帳の描かれた、大きな浮き彫り看板が横たわる。

まるで移り行く時代の変遷を、しっかと見守り続けるように。

「この『箸取らば 主人と親の恩を知れ 己(おの)が力で喰ふと思ふな』は、父が遺した我が家の家訓なんやて」。鉃正さんは、額入りの墨書を指差した。

「加木鉃の『鉃』は、お金を失ってはいかんと、金偏に『矢』と書く『鉃』やし」。

創業明治三十(1897)年。

初代の祖父の時代には、障子紙・筆・蝋燭から雑貨や果物までを取り扱った。

しかし鉃正さんの父が、十四~十五歳の年に祖父は三十八歳の若さで他界。

「今の高校生にも満たない年やし、父は果物の競りも出来ずに、それで帳面一筋に。祖父の時代の屋号『柿鉃』を改めたんやて」。

鉃正さんは昭和三(1928)年、五人兄弟の長男として誕生。

「戦時中は品物が入らず、空箱でも売れたし、ちり紙積んどくだけで飛ぶように売れて売れて。それだけ貴重品やったでねぇ」。

昭和二十二(1947)年、高校を上がるとそのまま家業に従事した。

「まだまだ和帳(わちょう)や大福帳の時代やった。それに金津園の遊郭があった当時は、大福帳買いに来ては『奥さん、表紙の上書きしてまえん』って言うんやて。奥さんが上書きする方が、お金も子を産むから縁起がええと」。鉃正さんは、往時を振り返るように笑った。

写真は参考

戦後の統制経済も解除され、町に復興の兆しが見え始めた。

「昭和二十七(1952)年頃からやろか。徐々に商品が供給され出したのは」。

昭和三十(1955)年、重子さんを妻に迎え一男一女を授かった。

「当時は柳ヶ瀬も、全盛期やったんやて。店も映画館の終わる、夜十時頃までは開けとったし」。一宮のガチャマン景気が後押しした時代。

「昔は年度末になると、入学やら就職やらで高価な万年筆を揃えたり、鉛筆をダース単位の箱で買ったり。ノートも十冊単位で飛ぶように売れたもんやて。でももう今は、そんな事もない。年がら年中お祝いみたいな時代やし」。

時代の変遷に合せるように、帳簿も和帳から洋式帳簿へ。そしてリーフ型と呼ばれる、穴開き式の帳簿からコンピューター出力へと。

「帳簿専門やで、学生は少ないんやて。今では算盤も年にほんの少ししか売れませんし。電卓の時代ですしねぇ。縮んでってまう一方ですわ。こんな商売」。鉃正さんの横顔に淋しさが浮かんで消えた。

「それでも最近では、大福帳を扱う店が減ったせいか、遠くからでもわざわざ買いに来てくれる方もおるんやて」。

大福帳の長帳は、長さ約四十㌢、幅約十二㌢。郷土が誇る美濃和紙で綴じ上げられた逸品。

古来からの大福帳の用途を越え、インテリア小物の一つとしてや、展覧会の芳名録とするなど、新たな用途が広がり始めている。

商売の基本は、お客様との信頼関係の履歴そのもの。

客の顔を思い浮かべ、帳簿に手書きする手間こそが、客を顧みると書く「顧客」への第一歩なのかも知れない。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 198」」への7件のフィードバック

  1. 加木鉄 (かぎてつ) と直ぐに読める人は少ないんじゃないかしら?

    成人してからも、知り合いから 「 あのバス停の文房具屋さん何て言うの? 」ってよく 聞かれました!

    実家も昭和 50年代前半迄 加木鉄さんの大福帳を持って 魚屋さん 八百屋さん等 に行っていましたよ (^-^ゞ
    お金を持って行かなくても 良いので
    らーくちん❕ でも時々 内緒で買ったりしたので 忘れた頃に怒られた苦い想い出事も (*_*;

    1. そりゃあとんだお遣いでしたねぇ。
      でも女子は文房具がお好きですものねぇ。

  2. こんにちは。
    ・帳簿屋店主のお話ですね。
    ・商売に使う帳簿の販売店なのですね。 柳ヶ瀬に、帳簿販売店が、有ったのですね。
    ・遠くから帳簿を、買いに見えるお客様が見えるのですね。
    (写真)恵比須さんの包装紙良いですね。

  3. あ~~ぁ⤴懐かしい!
    岐阜で生まれ育って、65年になりますが、
    恥ずかしながら、一度も「加木鉄」へ行った事がなく
    「かぎてつ」って、名前すら知りませんでした!
    あぁ!恥ずかし⤴
    まぁ~⤴
    落武者ヘアーで人前に出ているんだから、名前知らなくたって・・
    全然!恥ずかしくないねぇ!(悔涙)

    1. だって柳ケ瀬の目抜き通り、バス停前にあるんですから、入ったことはなくとも皆様ご存知ですよねぇ。
      今日は潔く、自虐ネタでまとめられましたかぁ!

  4. なんともインパクトのある文房具屋さんですね!
    1度見たら忘れられない( ◠‿◠ )
    私も文房具大好きだから 隅から隅まで見てみたいです。
    手書きしたりそろばんをはじく…
    大人になる程少なくなるんでしょうね。
    全てが機械化。でも壊れたりしたら結局最後は人なんですよね〜。
    頭を…脳を使わないと!

    1. 台風シーズン到来で、本当に停電したら全てに困ってしまいますよねぇ。
      エレベーターに駐車場、エアコンやらの家電に、PCにスマホと、停電となったら、今の暮らしが営めないですものね。
      手書きの手紙の練習しなくっちゃ!

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