「天職一芸~あの日のPoem 195」

今日の「天職人」は、三重県桑名市の「魚屋」。(平成十八年六月二十日毎日新聞掲載)

夕立過ぎた店先は 前掛け姿主婦たちが         刺身に煮物塩焼きと 我先群れる安売りに        へいらっしゃいの掛け声と 捻じり鉢巻きゴム長で    客の注文手際よく 出刃振る粋な魚屋さん

三重県桑名市の鮮魚店、魚良(うおりょう)の二代目店主水谷茂良さんを訪ねた。

「『おい、娘おるかぁ?』って、お客さんらがやってくるんさ。誰の事やろって思たら、家の婆さんの事なんやさ」。幾分額の後退した、大きなおでこをピカピカ光らせながら、男はあっけらかんと大笑い。

「親父が良平やったで、魚良なんやさ」。

茂良さんは赤須賀の、浅蜊・蛤・蜆を主とする漁師町で、昭和二十九(1954)年に誕生。

「親父は復員後、駅前の闇市で魚屋はじめて。その後、昭和四十八(1973)年に駅前再開発でここへ」。

長男故の反撥心か?

工業高校から大学は経済学部へ。「まあ、今となっては何の役にも立てへん」。

この店に移転した十九歳の頃から、それでも毎日店を手伝った。

「魚捌くのなんて半年やさ。魚なんてどれも、骨組みは皆一緒ですやん」。

魚屋の朝は早い。日も明けやらぬ四時起き。

名古屋市熱田区の中央卸売市場で、四季折々に水揚げされた活きの良い魚を見極める。

「秋の魚が一番。値も安いし脂も乗って、とにかく旨い!魚屋が食べたいって思える魚を買(こ)うとかんと」。いくら新鮮で眼がギラギラしていても、肝心の身が細っていては駄目。

「わしら年がら年中、魚の良し悪しを見とんのやで、お客さんも安心やさ」。

道具は出刃に刺身庖丁と切身庖丁。三本の庖丁で、仕入れたばかりの魚が手際よく捌かれて行く。

写真は参考

「百㌘千円も二千円もする高級魚なんかより、わしは一匹二百円もせんような鰯や秋刀魚が一番ええわ!」。

仕入れから戻ると、午前中は刺身や切身を捌き、皿盛りや値付けに追われる。

それが終われば今度は、魚を焼いたり煮たり。一日中立ちっぱなしの作業は夜八時まで続く。

茂良さん三十歳の昭和五十九(1984)年。実家から歩いて一分の距離に育った直美さんと、目出度く結ばれ一男一女を授かった。

「これの実家の母親に、よう遊んでもうて。『三十歳になっても独り者じゃあかん。しゃあないで家の娘、嫁にやろか』って」。茂良さんは照れ笑い。

「私、ボランティアで嫁いだみたい」。桑名の真っ黒な蜆を、見事な手付きで選り分けながら、直美さんも笑った。

「家の実家は蜆捕りの漁師やったでな」。直美さんは片手に乗せた蜆を振り、その音だけで良し悪しを聞き分け、傷んだ蜆を弾き飛ばす。

「この幻の『桑名の身蜆』は、もうそこらじゃ売ってないんさ。手間やでなぁ」。茂良さんが剥き身のパックを指差した。

赤須賀で水揚げされた蜆を、一晩水道水に浸けて砂を出し、翌朝湯がいて剥き身に。

「昔の時雨煮は、赤須賀で揚がった蜆やったけど、今はもうほとんど輸入もんやさ」。

だからこそ、「幻の桑名の身蜆」と言われる由縁だ。

「ああ、あれが家の看板娘なんさ」。茂良さんは店先で客と親しげに話す、母千代子さんを指差した。

「ああやってお客さんと、他愛も無い話するんが、一番愉しいんやさ。仕事はキッツイけど、その分こうして潮の香りに包まれとんやで」。

小さな店内に、三人の屈託の無い笑い声が、いつまでも響いていた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 195」」への7件のフィードバック

  1. 魚を煮たり焼いたりするのは苦手だけど何故か三枚下ろしは下手ながらもできる(笑)

    1. 落ち武者殿もうかうかしてると、ヒロちゃんに三枚におろされちゃいますぞ!

  2. おはようございます。
    ・魚屋のお話ですね。
    ・写真の魚屋さんに、行った事有りません。買い物した事有りません。
    ・(食料品)魚も野菜は、スーパーで買います。
    ・蜆(しじみ)を、振って良し悪し分かるなんてすごいですね。
    ・まるでサザエさんに、出で来る魚屋さんですね。
    家族(お母さんと旦那さんと嫁さん)で魚屋さんを、やっているなんてすごいですね。

  3. 歳取るとね~ぇ!
    魚がいいがイイ⤴
    肉は少しで満足、焼き肉店はここ数年行ってない
    そうそう、この前「うなぎ」食べて来たけど
    あんな美味しいもんないねぇ!
    ヒロちゃんなら、いつもながら無限に食べるやろなぁ~~~⤴
    三枚におろされる前に、言いたい事言ってやる~~ぅ!

  4. むか〜し昔は 写真のような魚屋さんで店主さんにいろいろ聞きながら 美味しい魚を選んで貰ってたんだけどなぁ〜。
    こういう風に調理すると美味しいんだよ!とか…
    小さい頃は 魚屋さんが車で販売しに来てくれた記憶があります。確かスポーツ刈りのお兄さん。
    やっぱり昭和はステキだ〜(笑)

    1. そうなんですよねぇ。
      対面販売の良さって。
      旬な食材を、一番美味しくいただく調理法とか!
      やっぱり餅屋は餅屋ですものね。

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