「天職一芸~あの日のPoem 186」

今日の「天職人」は、三重県桑名市多度町の「心太(ところてん)職人」。(平成十八年四月十八日毎日新聞掲載)

多度の大社の参道で 軒を並べて涼を売る        テンツクテンと心太 椀に突き出し一啜(すす)り    床几に座した二人連れ 椀を片手に箸を割り       二本に分けてテンツクテン 甘く酸っぱい恋の味

三重県桑名市多度町の鳥羽屋。二代目心太職人の大平善正さんを訪ねた。

写真は参考

昭和の半ば。

ランドセルを玄関に放り出すと、十円玉一つのお小遣いを握り締め、お好み屋へと一目散に向かった。

お目当ては、一文籤(くじ)や駄菓子に心太。

水を張った木桶には、小さな羊羹大の一本物の心太。オバちゃんは桶からそいつを掬(すく)い上げ、天突きに流し込む。

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そしてかき氷と兼用のガラスの小皿に向かって、天突き棒で一気に細長い心太を突き出す。

酢醤油にゴマを振りかけ、一本だけの割り箸を使ってあっと言う間に、喉へと流し込んだものだ。

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「昔は多度祭の時に、心太を食べる風習があったんやて。参道の店はもちろん、あっちこっちの民家でも、軒先で心太出して」。善正さんは、大きなお腹を揺らしながら、大声で笑った。

善正さんは昭和二十四(1949)年、六人兄弟の末子として誕生。

高校を出るとそのまま、両親と共に心太造りを始めた。

「上から順に出てってまうもんで、俺が継がんなんわさ。だでこの歳まで、いっぺんも他人様から給料なんて貰ったことないって」。

伊豆半島の稲取から天草を仕入れて乾燥させ、養老山脈の伏流水を満たした対流釜で五時間かけて煮る。

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トロトロの糊状になったところで搾り、型枠に流して冷却させれば出来上がり。

「昔はそのまま桶に入れといて、客の目の前で天突きに入れて突くのんが風流やったけど、今は衛生面がうるさいでのう。せやで日持ちするように酢に浸して、綺麗に包装せんと」。

食物繊維が豊富でありながら、カロリーはほとんど無く、高カロリー高蛋白に気を揉む現代人にはもってこいの食材だ。

「やっぱ三杯酢が一番旨い。関東ではそれに辛子を混ぜるし、京都では黒蜜で食べるし。まあ好き好きやろなぁ」。

海の恵みの海草と、養老山脈が濾過した水だけが原料。

「何でもそうだけど、水が命やて。ここから東へ揖斐川と長良川越えてみ、養老の水がソブケ(濁り)だらけやで」。

昭和四十五(1970)年、善正さんは二十一歳の若さで、近隣から一つ年下のゆき子さんを娶った。

「姉んたあが早よ結婚せえって、見つけてきたんだわ。だってお袋は仕事で忙しかったもんで、中学高校と弁当なんて作って貰えんかったんだで」。

一男二女を授かり、家業に奔走した。

「昔、多度大社の前で店出しとったんだわ。そん時に客が『スイマセン!これ箸一本しかありませんが』って、怪訝な顔するもんだで、『箸二本で食べると「痛風になる」って言い伝えがあるで止めときゃあ』って教えたったんだて。まあ今の人らは、心太の食べ方を知らんでかん。箸二本使ってうどんみたいに食べようとするで、ブツブツ切れてまうんだわ。心太は箸一本。椀の縁を口に宛がって、流し込むようにツルツルッと飲み込まんと」。

多度の杜に上げ馬神事の歓声が揚がれば、夏はもうすぐ。

「自分が毎日食べれんもんを、人様にはよう売れん」。

誰よりも心太を食べ続けた頑固職人。

ヒンヤリ、ツルッとした、庶民の涼感を絶やしてなるかと。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 186」」への13件のフィードバック

  1. 箸一本で食べるのは知ってたけど理由までは知らなかったわ。
    冷たい心太が喉をつるんと通るのが良いのよね。

  2. おはようございます。
    ・心太(ところてん)職人のお話ですね。
    ・心太美味しそうですね。つるっといけそうですね。
    ・私は、心太好きです。
    ・心太は、職人さんの手作りなのですね。手間がかかりますね。
    ・心太に限らないのですが、綺麗な水が大切なのですね。

  3. ところてん 昔はよく食卓に並んでました。
    今でも実家の冷蔵庫に 必ず入れておくようにしてます。この暑さの中 食欲があまり無い時にでも ところてんなら食べれるかなぁ〜と。 
    私もところてん好きだけど 酸っぱいもの好きな私でも いつもむせちゃうんですよね(笑)
    一本のお箸で… チャレンジしてみよ〜っと( ◠‿◠ )

    1. あの喉越しの良さは、まったく天下一ですものねぇ。
      喉越しの良さと言えば、年がら年中、ぼくはキリン一番搾りです。
      こんどビールのあてに試してみますか!

  4. ところてんは、今も時々食べますよ。油断するとむせちゃったりして。あれ、苦しいんだよねぇ。(。ŏ﹏ŏ)

    1. あの苦しみを学習していながら、それでもまたやっちゃうんだから、愚か者なんです。ぼくって。

  5. ところてんは、イイよねぇ~⤴
    カロリーゼロ、私みたいなメタボには優しい食材
    力んですすると「むせる」から気を付けないとねぇ!
    けど子供の頃食べ過ぎて、今は・・・もう・・⤵

  6. 懐かしいですねー!
    駄菓子屋さんで、三杯酢に胡麻と一味を振りかけてもらい、一本の箸で食べてました。15円でした。美味しかったですねー。あと5円のクジを引いて、その日のお小遣いは終わりでした。
    この前、その駄菓子屋さんの場所に行ってみたら、更地になっていて寂しかったです。でも思い出は永遠です。

    1. そうですかぁ!
      ちょっとジェネレーションギャップを感じるお小遣いの差ですねぇ。
      ぼくは、虚舟さんのちょうど半額の10円玉1個が、一日分のお小遣いでしたもの。

  7. 「天職一芸〜あの日のpoem 186」
    「心太職人」
    夏の日の風物詩ですね。
    割り箸を割って一本の箸で
    いただいていたので
    こちらの参考写真のお箸はかなり
    難易度高めですね。

    「クイズ!残り物クッキング!?!?」
    水煮大豆と心太は冷蔵庫で待機中なので
    日曜日の正解を楽しみにしています。

    1. 夏の日のお昼のご馳走、それがトコロテンでしたねぇ。
      ちょっと甘酸っぱくって、ゴマがプチプチして!
      残り物クッキング、なかなかお見事な推理ですよ!

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