「天職一芸~あの日のPoem 184」

今日の「天職人」は、愛知県岡崎市の「麹職人」。(平成十八年四月四日毎日新聞掲載)

風邪を引くのも満更に 悪くはないと思ってた       普段ガミガミ小言いう 母もなんだか優しくて      「これを飲んだら大丈夫」 大きな湯呑差し出した     柚子の香りの甘酒は 母の十八番(おはこ)の御呪(おまじな)い

愛知県岡崎市、創業百三十八年のとりた麹店。六代目の麹職人、池嵜公子さんを訪ねた。

住宅街の一角。

飾り気の無い看板。

隙間から漂う麹の香。

「店を畳むは簡単。でも新たに興すのは難しいでしょう」。 公子さんは、座敷ではしゃぐ長男の心也くんを抱きしめた。

「先代は母方の祖父で、一年前の春に他界しました。だから亡くなる三年前からは、私一人で細々と」。

先代の故鳥田長男(ながお)さん享年八十四には、一男一女があった。

公子さんの叔父にあたる長男は、整体師となり島根県へ。

長女は市内の飲食店に嫁ぎ、一男一女を出産。その一女が公子さんだ。

「両親は店の仕事で忙しくて。幼稚園の頃から兄と一緒に、祖父母の元に預けられてました。私、お爺ちゃんとお婆ちゃんが大好きで。まるでもう一組のお父さんとお母さんみたいに」。 母の周りをクルクルと回りながらはしゃぐ、心也くんを見つめ、遠い日の自分を重ねるようにつぶやいた。

少女は、二つの家と二組の両親の元を行き来し、やがて専門学校を上がって就職。

それから間も無く、母のように慕った祖母が病に倒れた。

「ちょうど島根の叔父の家に遊びに行ったまま」。後遺症も残り、連れ帰ることも叶わぬ。遠い島根の地なれば、頻繁に見舞うこともならず、まるで生き別れのように。

「会社から真っ直ぐこの家に帰っては、お爺ちゃんに晩御飯食べさせて、それで次の日の朝と昼の分も用意して」。 そんな暮らしが、二年程続いた。

周りの娘達が、ショッピンクやデートにと浮かれるのを尻目に。

「お爺ちゃんが『生涯を麹屋で終えたい。もうお前しかおらんのやで』って、泣きながら言うもんだから」。公子さんは二十二歳の秋に会社を辞し、祖父を師と仰ぎ冬季の仕込みの下準備に取りかかった。

「最初は、お爺ちゃんが死ぬまでの奉公かなって。それに小さな頃からお金や物じゃない、素晴らしいモノを沢山貰ってましたし。でも給料は、半分以下でしたけど」。公子さんは屈託なく笑った。

京都の麹屋から麹菌を仕入れ、毎年九月から五月頃まで仕込み作業が始まる。

製品は、金山寺麹、米麹、豆麹の三種。

中でも麦と豆が材料となる金山寺麹は、最も手がかかる。

まず麦は、夜十時に水を張って浸け込む。

次に深夜零時を迎えると、大豆を炒って水に浸け込み、翌朝五時から三時間かけて蒸し上げる。

そして朝十時になるのを待って、三十分程麦を蒸す。

蒸し上がった麦と大豆を手で混ぜながら、満遍なく麹菌を付け、室の中で三日間寝かし、一日かけて乾燥。

すると真っ白な麹の花が咲く。

公子さんは弟子入りから五年。元の職場の、一つ年上のご主人と結ばれた。

「子供がいても、ここなら誰にも気兼ねなく、自分のペースで仕事ができるし」。

豆麹と米麹で赤味噌。

米麹は白味噌に。

金山寺麹と米麹で合せ味噌、豆麹だけなら八丁味噌に。

「家の味噌は毎年色が変わるんです。だって余りものの麹を使ってるから」。

麹一筋に生きた、先代夫婦の遺影が見守る。

公子さんと言う名の麹は見事に熟し、穢(けが)ない白き大輪の花と咲いた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 184」」への11件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・麩職人のお話なのですね。

    ・麩は、職人さんの手作りなのですね。手間がかかりますね。

    ・米麩,豆麩,金山寺麩が、有る事知りませんでした。ブログで、勉強になりました。実際に見た事が、有りません。

    ・私は、お麩好きです。味噌汁の中に入っていても良いですね。

  2. 麹菌のように体に良い菌もあれば、今、世の中を騒がせているウイルス菌もある。そんな菌は早くやっつけられたらいいのに、コロっとナ・・・なんちゃってぇ(汗)

    1. これまた、座布団一枚ですねぇ!
      落ち武者殿~っ、座布団を!
      でも菌には菌がもしかしたら、効果的だったりしてぇ!
      って、何の裏付けもありませんけど。

  3. いやぁ~~ぁ⤴
    ダジャレのセンスがイイですねぇ!
    では、五七五で・・
    コロナより 震え上るは 我が女房
    *コロナウイルス菌も目に見えません、
     我妻も目に見えない無言の怖さがあるのですぅ(汗)
    お後が宜しいようで・・・
    おぉ~~ぉ⤴こわぁ!

  4. お漬物が好きでよく食べますが、子供の頃、好んで食べてたのが、べったら漬けでした。
    甘かったので、子供には食べやすかったのかな~。
    今は塩麹に甘酒など、調味料として使ってますね。

  5. 最近 コンビニでも甘酒をよく見かけます。飲む点滴と言われてるそうですよ。
    麹を使った化粧品もたくさんあったりして どれが良いのやら…(笑)
    やっぱり美味しく自然に体内に取り入れるのが一番いいんでしょうね( ◠‿◠ )

    1. 麹は、醸造物にも欠かせない大切な大切なものですから、身体にはいいこと尽くめなんじゃないでしょうかねぇ。

  6. ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、今年は穀物の価格が上がるだろうとおもい小麦ならぬ大豆を多く植えました。というか枝豆を収穫せずに放っておけば大豆になるのですが。ところが連作が良くなかったのか、カメムシ退治が十分でなかったのか鞘の中はスカスカでした。去年は小麦を植えて、立派な穂をつけてくれたのですが、脱穀機がなくて、燃やして畑の肥料と帰しました。チグハグな私です。

    1. 農作業も幾種類もの道具が必要ですものねぇ。
      大変な作業だと思います。
      自作の小麦粉で自作のうどんでも打てたら、これまた贅沢な逸品だったんでしょうねぇ。

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