「天職一芸~あの日のPoem 181」

今日の「天職人」は、名古屋市西区の「大正琴職人」。(平成十八年三月十四日毎日新聞掲載)

娘を膝に座らせて 母はとっても嬉しそう         娘の指に手を添えて 大正琴の鍵を押す          トンツンシャンと琴が鳴り その度キャアと声上げて    「ばあ婆すごい」を繰り返す 孫可愛さに母が笑む

名古屋市西区のナルダン楽器、二代目大正琴職人の岩田廸弘(みちひろ)さんを訪ねた。

「琴や三味線は、音出し三年。大正琴は三ヶ月辛抱すりゃあ、澄んだ音が出せます」。 廸弘さんは、左の指先で鍵盤を押さえ右手で軽く爪弾いた。

哀愁を帯びた音色が、心の奥の古傷に染み込む。

ナルダン楽器は、初代初由がシベリアから復員し、昭和二十二(1947)年に創業。「弾いて鳴るの鳴る弾(だん)で、クラッシックギターや大正琴の製造を始めたんです」。

大正琴はその名の通り大正元(1912)年に誕生。

名古屋市中区大須の旅館「森田屋」の息子、森田吾郎がタイプライターのキーからヒントを得、二絃琴に音階ボタンを組み合わせ、誰もが簡単に演奏できる楽器として世に送り出した。

その後、幾たびも改良され、現在の五弦が主流となった。

「戦前まで大正琴は、鍵盤のボタンがブリキ製でしてねぇ」。

戦後ようやくプラスチック製へ。先代が設計を担当し、木工・糸巻き・弦・鍵盤・譜板(ふいた)の絵付け・組み立と、様々な職人たちの手を経て完成へ。

「譜板の絵付けは、二本の筆を同時に使って、巧みに富士の山を描くんです。昭和三十(1955)年代前後、絵付け一枚が十一円程でしたかな」。

共鳴孔を兼ねた胴には、桂・桐・山桑(やまぐわ)の材が用いられる。「柔らかくも無く、硬くも無い材が一番。桂材は、パンチ力のある音が出るんです」。

長さ二尺二寸(約六十六.六㌢)。「この大きさが、一番いい音で響く」。

二十六の鍵盤に、メロディーを奏でる四本の弦と、ベースの開放弦一本。

「鍵盤の数字は、一がドで二がレ。わかりやすいでしょ。こうしてトン・ツン・シャンと」。廸弘さんが爪弾いた。窓から差し込む、柔らかな春の陽が揺れた。

廸弘さんは昭和十二(1937)年、港湾技師を務める父の元、台湾で生まれた。

敗戦による引揚げで、父の郷里鹿児島を目指すはずが、父の姉が暮らす名古屋市中区松原へ。ちなみに大正琴の発祥地大須とは、隣り合わせだ。

高校を卒業すると、貿易商社に勤務。楽器の輸出業務を担当。

入社六年。徐々に仕事にも自信が現われ始めた。そんな頃、楽器の取引で岩田家を訪問。

「相手の目を見て話すのが、先代は気に入ったようで」。岩田家への出入りも増し、やがて一人娘の敏子さんと共に、トラックで楽器の運搬と称しては逢い引きを重ねた。

「初めて逢ってからたったの四十日でスピード結婚です」。

先代は廸弘さんを、取引先の社員として気に入ったのではなく、一人娘の伴侶として、ナルダン楽器の二代目を託す男として、見抜いていたのかも知れない。

昭和三十七(1962)年に婿入りし、一男一女を授かった。

「結婚したての頃は、正月の三が日で四百本も売れましてねぇ。東京は浅草の縁日で。当時は一台、二千円ほどでしたかな」。

現在愛好家の数は、全国で四~五百万人を数えるとか。

和と洋の狭間に揺れる時代、庶民の町で産声を上げた大正琴。

哀愁漂う旋律は、どれだけ多くの人々の、喜びや哀しみを奏で上げたことだろう。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 181」」への15件のフィードバック

  1. 大正琴は習い事にしたいものの一つです。普通のお琴とは違った響きが好きなんですよね。

    1. 押さえるのは、タイプライターみたいでも、右手でピックでマンドリンみたいにトレモロ奏法で小刻みに弾かなきゃなりませんぞ!

  2. おはようございます。
    ・大正琴職人のお話ですね。
    ・大正琴は、職人さんの手作りなのですね。
    ・大正琴もヴィンテージが、有るのかな?
    ・私は、大正琴を演奏したり楽器屋さんで買った事が有りません。

  3. 30年程前から 実家の隣が大正琴の教室だったので 大勢のシニアさんやシルバーさん達が 綺麗にお化粧をして、よそ行きに着替え 入って行かれます!

    今も 我が家のお隣からは (85歳くらいのお婆ちゃま ) 毎朝 決まった時間に 大正琴の音色が聴こえて来ます。
    毎日 色んな曲を1時間くらい ♪♪♪
    時には流行りの曲も聴こえてくるので 「 えーこんな曲も習うの~ ? 」 と思いながら 一緒に ノリノリで 歌ったりします (^-^ゞ
    私も老後は大正琴かな ♪ (*^ー^)ノ♪

    オカダさんや落武者殿は 老後も ギター ですね❗❗

    ♪ 腕が落ちないように定期的なライブ ♪

    1. じゃあ今度は、ハートさんの大正琴とセッションしちゃいますかぁ???

  4. 大正琴
    名古屋の大須発祥だとは・・
    ビックリ⤴
    イメージ的に中高年の方が弾く感じですが
    You Tube見てみたら、おじさん2人が「22歳の別れ」を弾いていました。
    うん⤴日本楽器って感じで・・・
    でも、あたしゃぁ~⤴へたっぴ~ぃ!だけど
    アコースティックギターがイイかなぁ~

  5. 私の友達が長年習っていて 年に数回 病院や施設や大型ショッピングセンターなどで発表会を開いてます。
    昔懐かしのメロディから最近の曲まで。
    1度体験した事があるんですけど 一度に3つの事を同時に行わないといけないので 見た目より難しかったです。
    独特なあの音色 懐かしいような ほっこりするような…
    不思議な魅力がありますよね( ◠‿◠ )

  6. 想い出の「 22歳の別れ 」
    いつか みんなで演奏会 ~ ♪♪♪ ですね
    ♪♪♪ (*^ー^)ノ♪

  7. 確か大須観音の境内に「大正琴発祥の地」の碑があったと記憶しています。昔、母が習っていて、家にあったので自分でもさわったことを思い出しマシタ!

  8. 「もしも大正琴が弾けたなら」
    ド、どうしよう♩ ♫ ♬ 大正琴いただいたのがあります。すっかり埃かぶってます。なのでこっそり遅がけに出します。
    オカダさんの弾き方講座はとっても分かりやすかったです。凄いですね。

    1. そっ、そっねそんなぁ!
      ぼくは大正琴に振れたこともありませんから、ただただそんな感じで弾くのかなと、傍観していただけですよぅ。

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