「天職一芸~あの日のPoem 167」

今日の「天職人」は、岐阜県本巣市の「菊花石(きっかせき)研磨師」。(平成十七年十一月二十九日毎日新聞掲載)

川面に浮かぶ浮眺め ついに入日も釣瓶落ち        父の溜め息空の魚篭(びく) 母の小言が目に浮かぶ    茜陽浴びて光る石 せめて母への手土産と         家に帰って大騒ぎ 天下の輝石菊花石

岐阜県本巣市神海(こうみ)、天然記念物菊花石の研磨師、根尾谷観石園の二代目、小沢睦(ちから)さんを訪ねた。

写真は参考

たかが石ころ。されど、ためつすがめつ石を眺め、数億年と言う途方も無い時代に想いを馳せ、何とも愉しそうに語らう親子三代と出逢ったのは初めてのことだ。

石の持論を説く傍らで、妻が要所を補う。すかさず店の奥から、長男が新説を交えた。

「まあ諸説いろいろなんやて」。睦さんが煙に巻く。

「そんな何億年も前の事、誰も見たわけやないし」。妻が助け舟。

睦さんは昭和二十(1945)年九月、満州で印刷会社を営んだ根尾村出身の父の元、五人兄弟の三男として誕生。しかし夢の国満州は、第二次世界大戦の幕引きで幻と消えた。

昭和二十二(1947)年、一家は命からがら実家へと引揚げ、それから十五年の年月が流れた。

「空前の石ブームやったんやて」。

炭焼きに出掛けた祖父母の、斧を研ぐ砥石が石に当り、割れて中から色の付いた部分が現れた。

それを砥石で磨き、台座に載せた五色石は飛ぶような売れ行きに。

「川沿いに十軒ほどが軒を並べ、五色石を売っとったんやで」と妻。

「ぼくが高校の頃は、原石その物で売れたんやで」とは長男。

睦さんは、大学を出ると印刷会社に職を得た。「田舎の事やで、大学出とると、皆がホーホー言うんやて」。将来の幹部と期待されながら、半年で退職。

「サラリーマンが向いとらんかったんやて。土日で親父の手伝いしとった方が、面白いし金になるし」。 睦さんは退職金代わりに、職場から一年先輩の恵美子さんを口説き落とした。

「当時の流行語『家付きカー付き、ババア無し』の、『ババア無し』が私は嫌やったでね。ここは両親も同居やったし。初めて家に来た時、義父が『笑う門には福来ると言う様に、一生笑っとる自信があったら嫁に来い』って」。妻は思い出し笑い。二人の男子と娘を授かった。

「ブームで終わると先細りになるで、高級品で手に入りにくい菊花石に眼を付けたんやて。採掘の許可を得て」。掘り出された菊花石の母岩を仕入れ、永年培った眼で見据え、花の在り処を人工ダイヤのグラインダーで探りながら磨き込む。

「この石に花が付きそうや」と、勘だけが頼り。

菊花石は方解石の結晶とも言われる。母岩は玄武岩が多いとか。花の色は薄墨色から、磨き込むほど白さを増す。

「でも磨き過ぎると、花が萎む。石の硬さも全部違うし、花の咲き加減の見切りが肝心。どれも溶岩の悪戯やでね」。

写真は参考

この土地は、神の海と書いて、神海。数億年の昔、海底火山が隆起したとも。

地球が大地に咲かせた石の花。

研磨師の眼力は、己の勘だけを頼りに、数億年彼方で自然が織り成した美を、現(うつつ)の世に深い眠りから目覚めさせる。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 167」」への11件のフィードバック

  1. おはようございます。

    ・菊花石(きっかせき)研磨師のお話ですね。

    ・(写真)菊花石綺麗ですね。

    私は、石を研磨している所を、実際に見た事が有りません。菊花石を、見た事無いですね。

    菊花石は、お墓の素材の石かな?

  2. 菊花石きれいですね
    新幹線の岐阜羽島駅近くの
    なまずやさんに菊花石が
    むちゃくちゃたくさん
    置いてあります
    2階にのお座敷に上がる階段にまで
    置いてあるので、すごく菊花石がすきなんだなと思いながら
    うな丼を食べます

  3. 私ももっと磨いていたら、もう少しどうにかなっていたかな、って肝心なのは元かぁ。「亭主元気で留守がいい」なぁんて言ってるようじゃヒカル分けないかぁ。くぅ〰‼

  4. 鉱石で思い出すのが
    国歌「君が代」に出て来ます「さざれ石」
    以前!見たんです⤴見つけたんです⤴
    伊奈波神社向かって右側の石碑の横
    これが「さざれ石」なのかぁ!
    感動しました。
    皆さんも伊奈波神社へ参拝に行った際には、ご覧あれ!
    私も、最初は小さな石でも、やがて大きな岩に・・
    そんな大人になりたいもんです。
    なにぃ?
    もう大人、それも!オジンやないかぃ⤴
    バレタかぁ~~!

    1. ああっ、あそこにあったのが「さざれ石」でしたかぁ!
      もっち近付いてちゃんと見るんだったぁ!

  5. 研磨することによって 現の世に深い眠りから目覚めさせる…
    なんてロマンティック♡
    もし手元に置けたなら 遥か遠い昔に想いを馳せることが出来るかも⁈
    それにしても 本当に不思議な石。
    コレクターには堪らないでしょうね(笑)

    1. まさに自然が織りなした見事な造形美ですよねぇ!
      でも実際にわが家で考えると、美しいとはいえ、どこにも飾っておく場所がなさそうで・・・トホホ。

  6. さざれ石公園が揖斐郡揖斐川町春日村笹又に至る途中にあります。伊吹山を岐阜県側から登る際には、笹又からほぼ直登します。小さな川が道沿いに流れて桃源郷のようでした。40年ほど前のことでした。

    1. 薬草や菊花石など、大自然が連綿と育んだ天然の宝物が伊吹山の裾野にまで広がっているんですものねーっ。
      仰るように40年前は、今よりもっともっと清らかなところだったんでしょうねぇ。

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