「天職一芸~あの日のPoem 166」

今日の「天職人」は、愛知県西尾市の「雲母鈴(きららすず)職人」。(平成十七年十一月二十二日毎日新聞掲載)

父に引かれて初詣 晴れ着でめかしイソイソと       お参り後の楽しみは 御神籤破魔矢雲母鈴         父に引かれて帰り道 カランコロンと鈴が鳴る       荒れた大きな父の手の 温もり今も忘られぬ

愛知県西尾市で雲母鈴を作り続ける、松田民芸店八ッ面焼(やつおもてやき)窯元の二代目松田克己さんを訪ねた。

窓際のトランジスタラジオから、歪んだ声が上がる。

長閑な秋の陽が差し込み、背を丸めた寡黙な男は、掌の土を捏ね続けた。

「まあ今は、昔の五分の一。一日十個ほどだわ」。克己さんは、窓を背に振り向いた。

克己さんは昭和十五(1940)年、農家の三男として誕生。

十歳の年、折からの民芸品ブームに乗り、父が途絶えていた「雲母鈴」の復活を図った。

克己さんは中学を上がると東京へ。

「貧乏だもんで、口減らしで東京へほかられて。丁稚奉公の最後の時代だったで」。酒屋での住込み生活が始まった。

昭和三十五(1960)年、所得倍増計画が叫ばれ、東京五輪を間近に控えた都心には、昼夜を問わず槌音が響き渡る。

「都内のどこを歩いとっても、鉄板だらけ。独立して店を持とうにも、土地が高騰してどうにもならんだぁ」。

二十一歳の終わりに酒屋を辞し、しばらく土地を探し歩き、やっとのことで小さな物件を見つけた。

「家に帰って相談したら『そんな金あるわけない!』の一言で終(しま)いだわ」。

儚く夢は潰(つい)え、父の雲母鈴作りを手伝いながら免許を取得し、タクシー会社に入社。

「当時タクシーの給料は二~三万。非番に作る鈴が、月に四~五万儲かって。どっちが本業だかわからんかっただぁ」。

文字通り、所得倍増が叶えられた。

二年後には、職場で見初めた禮子さんを妻に迎え、三人の娘が誕生。

「手近にアレしかおらなんだで」。隣の部屋から妻が咳払い。

昭和四十(1965)年にはタクシーを降り、雲母鈴作りに専念。観光ブームに沸き、周辺各地の施設で土産物として好調な売れ行きが続いた。

「そんでもオイルショック以降さっぱりだて。知らんどったら何時の間にか、給料はサラリーマンの方が、上へ行っとっただぁ」。

八ッ面山の雲母は良質で、続日本紀によれば朝廷にも献上された逸品とか。

「今では白雲母(はくうんぼ)と呼ばれ貴重だけど、子供の頃は大きな塊の『千枚めくり』がゴロゴロあっただて」。

克己さんは大きな缶の中から、千枚めくりの塊を取り出した。

雲母鈴には、安城市で産出される瓦粘土の赤土が用いられる。

まず粘土を掌にすっぽり収まる大きさに丸め、親指で押し込んで茶碗型から壺型に形成。

次に鈴型に口をすぼめ、小さな丸い球を入れ、表面に細かく砕いた雲母を飾り、一昼夜窯で焼き上げれば直径八㎝ほどの雲母鈴が完成。

「日本一涼しい音がするらぁ」。

窯の温度が高く、鈴の肉が厚いほど、音色は高く美しさも際立つ。

カランコロン。

土鈴特有の鈍い音ではない。金属を感じさせる切れ味の良い余韻を残し、鈴の音が響く。

窓からの陽射しを浴び、鈴はキラキラと、高貴な光の衣(ころも)をまとった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 166」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。

    ・雲母鈴(きららすず)職人のお話ですね。私は、西尾市に、雲母鈴を、作る職人さんが見えた事知りませんでした。

    ・雲母鈴丸い可愛い形ですね。鹿と羊の絵良いですね。土鈴ですね。昔からある鈴なのですね。鳴らしたら鉄の鈴と音が違うのでしょうね。

    ・私は、実際に、雲母鈴を、見た事が、有りません。

  2. 雲母…
    むか〜し昔 手にした事があるような。
    何層にもなってる!って 不思議に思いながら めくろうとした記憶があります。
    雲母鈴 土鈴特有の鈍い音ではないんですね⁈ 我が家に干支の型をした土鈴があるので 似たような音だと想像してました。
    今度 西尾市に行った際 探してみようかな( ◠‿◠ )

    1. あのキラキラした感じが、他の土鈴とは異なって、ラメの飾られたドレスのような感じでしょうか?

  3. 土鈴は知ってますが、きらら鈴って言う物もあるんですね。音色を比べてみたいな⤴️

    1. 音色の違いがあるといえばあるような気がします。
      どちらかと言うと、ちょっと高温で土鈴のわりに余韻があったように記憶しています。


  4. 思い出すのが、母親の財布に付いていた、根付けの鈴
    鈴の他にもう一つ付いていたのが仏さま
    仏さまの中を覗くと、金色に光ったもう一つの仏さま
    ハナ垂れモもっちには、不思議で仕方なかった!
    もう今の時代、財布に根付けをしている人は・・
    多分、昭和の美熟女だと思う⤴

    1. 根付って、落とさないためにも、目印にも、重要な役割だったんですもんねぇ!
      落ち武者殿もそろそろ、美熟女ストーカーは止めにして、奥方姫様一筋で、根を張られてはいかがしらん???

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