今日の「天職人」は、三重県桑名市の「組木細工師」。(平成十七年九月六日毎日新聞掲載)
齢(よわい)重ねる父の背は 日毎縮んで丸くなる 虚ろに翳(かす)む眼差しで 幸せな日々懐かしむ 子供返りよ留(とど)まれと 組木細工を差し出せば 日がな一日縁側で 謎に挑んで無我夢中
三重県桑名市の組木細工師、片岡由治さんを訪ねた。

「これ、あんたらのやろ。去年新聞に本が出たって載っとったで、直ぐに取り寄せてもうたんさ」。老人の手には、見覚えのある一冊の本、「百人の天職一芸(風媒社刊)」が握り締められていた。
「まさかこれ書いたあんたらが、訪(たん)ねて来るとは、思いもよらんだわ」。由治さんは組木を弄びながら笑った。
由治さんは同県多度町で昭和四(1929)年、農家の末子として誕生。年々軍事色が深まる中、終戦の年に旧制中学を卒業。その後は学徒動員で徴用された鋳物工場で、そのまま迫撃砲弾の製造に終われ終戦。
「他になんも仕事もあらへんし、家でポヤッとしとったんさ」。
近所の棟梁について、翌月から小僧見習を開始。昭和十九(1944)年十二月七日に発生した東南海地震と、翌一月十三日の三河大地震、それに度重なる大空襲で、東海地方は壊滅的な被害を被った。
「あの当時、大工は皆(みな)忙しいてなあ。多度のあたりは液状化で地盤も悪て、寺の釣鐘堂が皆ひしゃげてもうとったんやで」。由治さんは六年間、家大工(やだいく)としての技を身に付け、二十二歳の年に自ら棟梁となって実家を建築。
これが独立仕事となった。「多度は親方の地盤やで、同じとこで開業して荒びるわけにいかん」。師へのけじめを優先し、同県長島町で大工になっていた同級生の元に職を求めた。
二年後に父が、翌年には母が後を追う様に、由治さんの建てた新居で息を引き取った。
「飯炊きがいるぞいうて、兄嫁の妹と一緒んなったんやさ」。昭和二十八(1953)年、多度町出身の妻を得、桑名市の現在地に新居を構え、一男一女を設けた。
結婚から六年、伊勢湾台風が東海地方に猛威を振るい、今度は水害の大きな爪痕を残した。
「それから桑名に戻って、田舎の本家造りに精出して、これまで過ごして来たんやさ」。
徐々に人々の心の中から、戦争や災害の記憶が薄れ、繁栄を謳歌する時代へ。
激動の昭和もその役割を終え、後数年で幕を閉じようとしていた頃だった。「二十年程前やったかなあ。歯医者の待合で組木のパズルと出逢(でお)たんさ」。それが組木細工の虜になるきっかけだったとか。

「嫁に行った娘が、孫のためにって、毎月通販で木製のパズルを買(こ)うとったんやさ。それ見とると『なんやこんなん直ぐに出来るわ』って、腕がうずうずしてきよって」。以来、百種類以上の組木細工を、設計図も説明書も無いまま、過去の経験と職人としての勘だけを頼りに作り上げた。
「これは実用品の組木細工やろな。飛騨の匠の手による、高山の千鳥格子やさ」。縦五本横五本の欅(けやき)の角材が、竹篭のように互い違いに編みこまれている錯覚に陥る。まるで欅の角材が、一瞬だけ柔らかくなったようだ。しかし残念ながら、そんな魔法など何処にも無い。
「こうして少しずつ、縦横の木が組み合っとる切り欠けを、ずらすように動かしたるんさ。ほれっ」。 規則正しい格子が僅かに歪み、手品のように縦目の格子から横棒がスルッと抜け出た。縦横を編むように組み合わせる角材には、切り欠けの幅と深さだけにしか違いが見当たらぬ。それ以外、小細工一つない。
天晴れ飛騨の匠、先達の技。
そして何の手解きも無いまま、千鳥格子の写真から、隠れた技を紐(ひも)解く由治さん。ただただお見事としか、言いようがない。
「風呂出てから、寝る前の落ち着いた時に、フッと答えが浮かぶんやさ。その瞬間が一番愉しいんやで」。まるで子供のように、得意げに笑った。
組木に秘められた謎解きと、細工に仕込む謎のからくり。
老いてなお童心と戯れる、細工師魂かな。
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わぁームズいと思いながら土産物屋に有るのを買った事があります。それも解けず幾つバラバラにしたことか❓頭の体操には良いですけどね。
だめだよ!
出来ないからって、力任せに壊しちゃったりしちゃ!
頼むよ!ヒロちゃん
おはようございます。
組木細工師のお話ですね。
(写真)組木すごいですね。
片岡さん 設計図も説明書なしで、作ってしまうなんてすごいですね。
私は、組木を、見た事が、有りません。
ペンが… 記事が… 本が…
まさかの偶然 全てが繋がる 素敵な出会い
ご縁ですね ( ◠‿◠ )
組木細工って まるで知恵の輪のよう。
寝る前のゆったりとした あの時間
脳内がほんわかして フッと何かが浮かびそうな瞬間
わかる〜 (笑)
パズルとかに夢中になるってそんな時間が、何よりとっておきの、自分だけの静寂の時間なんでしょうねぇ!
最近、謎解き問題、ひらめき問題に嵌って(はまって)いて、考えて考えて全然分からないなぁって思っていると、ふぅ〜っと神が降りて来て、ひらめいた瞬間が何とも言えなくて・・・好き❣
ああ~っ、ぼくにも神が降りて来て欲しいものです!
チェッ
箱根寄木細工は聞いた事がありますが
組木細工も中々の職人技が凄いですねぇ!
何でも「匠の技」を極めると言うのは
生半可な気持ちでは、職人さんにはなれませんねぇ⤴
私なんぞぉ!
なんも⤴取り柄のない、ごく普通の65歳です。
もう!ひと花咲かせたいと・・
思う今日この頃です!
小田原の箱根寄せ木細工!
ぼくも昔、ニュージーランドの方々に、いくつもからくり寄せ木細工の箱の中に、秘密のメッセージを書いてお持ちしたものでした!
職人さんの工房にもお邪魔し、その巧みさを目の当たりにさせていただいたこともありました。
懐かしいなぁ!
家にも一つ、複雑怪奇な開かずの箱根寄せ木細工がありますが、何をはてさてかくしたのやら・・・。
これも「オカダミノルと行くバスツアー」でしたが、飛騨市に組み木細工の美術館があってその精巧さに感嘆した覚えがあります。あー、また行きたい!
それって、住さんの木組みじゃないでしたかねぇ。
古川祭の屋台の細工物を手掛けた!
住さんの天職人の記事も、やがて登場するはずですよ!
イエーイ!