「天職一芸~あの日のPoem 138」

今日の「天職人」は、三重県桑名市の「ビンロージ職人」。(平成十七年四月二十六日毎日新聞掲載)

ゴンチキチンの鉦の音に 桑名に暑い夏が来る       祭りの夜を待ち侘びて 力もこもるビンロ―ジ       ゴンチキチンの鉦の音に 心も騒ぐ桑名衆         夏が儚く尽きぬうち あの娘に響けビンロ―ジ

三重県桑名市の平屋樫材(かたざい)、八代目ビンロージ職人の廣川禎一(よしかず)さんを訪ねた。

「石取祭は、喧嘩祭やでなあ。狂ったように鉦と太鼓を打ち鳴らすんやで。鉦叩くこのビンロージの八角頭も、石榴(ざくろ)のようにパックリ開いてもうて、へっしゃけてまうんやで」と、禎一さん。

狭い作業場に、春の柔らかな陽射しが差し込み、大鋸粉(おがこ)が宙を舞う。

去年の石取祭を見事に務め上げ、原型を失い柄から抜き取られた、八角頭のビンロージを愛しそうに眺めた。

禎一さんは昭和四(1929)年に、七人兄弟の末っ子として誕生。「一番下の末子(ばっし)で、終いの子やさ」。六代目の父の跡を、長男が継いだ。

「鍛治町の実家には蔵が二つもあって、豪商やったんさ。そやで、これでも昔は『坊っちゃん、坊っちゃん』言われて、大事に育てられたんやさ」。

名古屋理工高等学校へ進むものの、すぐさま学徒動員の徴用。いつしか桑名の町からは、ゴンチキチンの鉦の音が消え、祭の主役を務める若衆の姿も戦地へと消えた。

昭和二十(1945)年七月、B29の大編隊が神々の御座(おわ)す伊勢湾を堂々と北上。桑名の城下町は、一瞬にして焦土と化した。

鍛治町の本家を焼け出され、現在の新家に身を寄せ終戦。

「いのくと腹も減るし」。しばらくは、家業を手伝い農具作りに従事する毎日が続いた。

それから五年。鍛治町に本家が再興し、農具・大八車・如雨露(じょうろ)・リヤカー作りが始まった。

昭和三十(1955)年、愛知県一宮市出身の妻を得、二人の息子が誕生。この頃から再び山車作りも盛んになり、ゴンチキチンの鉦の音が、桑名に暑い夏の訪れを告げ、高らかと鳴り響いた。

禎一さんは、家業が軌道に乗ったのを確認するかのように、昭和三十八(1963)年、名古屋のブラザー工業に入社。それからいつしか日々が過ぎゆき、間も無く定年を迎えようとしていた矢先のことだった。

昭和六十二(1987)年、七代目を継いだ兄が、高齢のため引退。禎一さんは早期退職の道を選び、五十八歳から再び家業を手伝った。

「兄貴が亡くなって『辞めよかな、辞めよかな』って内心迷ったんやさ。せやけど、周りの皆が『ボツボツでもやってや』ってゆうやんか。それも先祖の御陰やし、ビンロージは桑名の誇りの一つやで」。

八代目ビンロージ職人を継ぎ、ゴンチキチンの鉦の音を守り抜く決心を固めた。

ビンロージは、樫の木を材とする尺六寸(約四十八㎝)の柄に、長さ四寸二分(約十四㎝)の八角の頭を組み込んだもの。

昔は樫の木を部材の寸法に落とし、鉋がけで八角に加工し、柄を組み込む枘(ほぞ)を鑿で刳り貫いた。 「樫はかったいで、一日に十五~十六丁仕上げるんがやっとやったんさ」。

五月~六月が、ビンロージの最盛期。

「桑名の男衆は、物心付く時分から、ゴンチキチン聞いて育っとんやで。儲けなんて考えとったら出来やんて。欲得抜きやないと」。

年に一度の石取祭。浮かれて踊る者あれば、ゴンチキチンと囃す者あり。鉦を造る鋳物師(いもじ)あらば、鉦打つためのビンロージ職人あり。

そして今年も、一人に一つの石取祭が、蝉の鳴き声と共に、忘れず桑名の町に帰って来る。

*2020年は、新型コロナの影響で開催の有無は、桑名市にお問い合わせください。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 138」」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。

    ・ビンロージ職人のお話ですね。
    私は、ビンロージを、知りませんでした。ブログで、知りました。

    ・桑名市に、石取祭は、喧嘩祭やでなあ。狂ったように鉦と太鼓を打ち鳴らすお祭りが有るのですね。

    ・ビンロージは、石取祭に欠かせない道具なのですね。

    ・私は、桑名市に行った事が、有りません。石取祭を見た事が、有りません。

    ・お祭りもコロナの影響で、中止になるのか規模縮小(例えば 神事のみやる)に、なるのでしょうね。

  2. 鉦を叩く《バチ》のような物の事なのかな?いや、打つって言う表現の方がいいかも。ビンロージって言うんだ。

    1. 台湾でビンロージっていうと、街角で色っぽいお姉さんたちが売っている、煙草のような嗜好性の高いものと勘違いされちゃいますねぇ。

  3. 石取祭って 日本一やかましい祭りと言われてるんですね⁉︎
    気になって動画を見てみたら納得。
    ワクワクするけど長居は出来ないかも。
    (ごめんなさいです)
    誰が…何かが…欠けてもお祭りは 成功しないんですよね。
    想いや願いを込めて造られてるお祭りが 無くなる事なく ずっと引き継がれていく事を願います。

    1. でも今年は、なんせ三密のせいで、とても開催できないでしょうねぇ。

  4. 初めて「ビンロージ職人さん」の存在を知りました。
    正直!この歳なんですが写真の様なお祭りは見た事がありません!
    参加した事もありません!
    道三祭り、信長祭りはパレード・・
    御神輿だって、担いだ事がありません!
    私にとっては「無縁」なんでしょうねぇ⤴
    話変わって
    YouTubeライブ「宵火垂る」
    久し振りに聞いて、とても良かったです。
    ありがとうございました。
    そう言えば、オカダさんチの紫陽花は咲きましたか?
    我が家は二株あるんですが、ツボミが1つあるだけで
    後は全く・・
    ヤマもモ家の紫陽花は嫁にも行けません!
    と言う事で
    来週 YouTubeライブ
    「紫陽花の花嫁」リクエストさせて下さい。
    宜しくお願いします。

    1. リクエスト畏まりましたぁ!
      石取祭は、日本三大喧嘩祭と呼ばれるほど、賑やかなもののようです。

  5. 京都・祇園祭はコンチキチン、桑名はゴンチキチンなのですね!本当にいろんなものを作られる方がいらっしゃいますね。岡田さんのこのコーナーは職人さんの宝庫ですね。

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