「天職一芸~あの日のPoem 97」

今日の「天職人」は、愛知県碧南市の「黒七輪職人」。

夕暮れ時の玄関先で 腕白共が団扇を扇ぐ         豆炭熾し母の手伝い 七輪の鍋コトコトと         鍋の湯船で小豆が膨れ 黄金色したザラメも溶ける     白玉浮かぶ母のぜんざい 椀にほんのり甘い湯気

愛知県碧南市で三代に渡り、三河の黒七輪を製造する、杉松製陶に杉浦和徳さんを訪ねた。(平成十六年六月五日時点)

路地を曲がれば、置き去りにされたままの昭和の風景が広がる。風雪に耐え、やや傾いた薄暗い木造の工場から、和徳さんが顔を覗かせた。

「最盛期の頃は、黒七輪の窯元も五十軒はあっただ。んでもかん。プロパンの時代になってからは。だもんで儲かれへんで、皆辞めてってまって、もう家一軒しかのこっとらんらぁ」。和徳さんは黒い指先の、細かい土を払い落とした。

三河の黒七輪は、昭和が四十年代を刻み始めるまで、炊事場になくてはならない脇役として重宝がられた。

七輪には、白い珪藻土で作られるものと、瓦に用いる三河土で作られる黒とがある。白七輪は熱に強い反面衝撃に弱く、中央に巻く真鍮製のベルトが特徴。一方黒七輪は二重構造で、珪藻土の内釜を三河土の外釜がしっかりと取り囲む。

「わしらぁ、真鍮のバンドせんことが誇りやっただぁ。この黒七輪は、海沿いの町でようけ使われとっただ。白七輪はバンドが潮で錆びるらぁ。んだもんで、潮に当たらん内陸が主だらぁ」。和徳さんは、三十年連れ添う恋女房に同意を求めた。妻のさだえさんがことりとうなづいた。

七輪作りは、安城産の三河土を土練機(どれんき)に半日かけ、石膏型に流し込んで形成し天日干しへ。手頃な乾き加減の内に面取りを施し、黒七輪最大の特徴である風窓を切る。団扇で風を送る小窓だ。まず形成した外釜に、角度を変えながら切り込みを入れ、長方形の窓枠の半分を切って取り除く。そして残りの半分を風窓の引き戸とする。実に巧みな鎌型の小刀捌きである。「乾き切ってもかんし、柔(やわ)こいまんまでもかんだぁ」。

乾き切ったところで黒鉛を塗って、那智石で七輪の上部を磨く。そしてだるま釜に二日間入れ焼成。最後の火を落とした瞬間に、秘伝の松脂を入れ釜を密封。すると艶消しの黒光りした三河の黒七輪が、この世に産声を上げる。

「一銭より安い、七厘で買えた」。それが転じて七輪とか。「サナ」と呼ばれる、炭を浮かす受け皿に、七つの穴が開いていたからだとか。一回の煮炊きに要する燃料が、七厘で賄えたからとも、七厘の由来は諸説様々。それだけ庶民の暮らしを支え続けた、古来からの立派な調理器具だった。

夕餉の手伝い。団扇片手に豆炭を熾した日々が懐かしい。昭和の名残がまた一つ、確かな速度で遠退いて逝く。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 97」」への11件のフィードバック

  1. おはようございます。
    黒七輪職人のお話ですね。
    愛知県碧南市に、黒七輪職人が見えた事知りませんでした。
    ブログを、見て勉強になりました。
    ・私は、家の中で七輪を、見た事,七輪を使った事が、有りません。
    ・どんなお店か忘れましたが、四角の七輪を、見た事が有ります。
    ・私は、七輪を、作っている所を見た事が、有りません。

  2. 七輪は郡上の田舎では必需品でしたね。火おこして鍋かけてのんびり、堅いものでもじっくり火がとおり柔らかくなります。ガスも有りましたが火のとおりが全然違いましたね。

    1. よく炭火炊きの煮物は、野菜が芯まで柔らかくなるっていいますものねぇ。
      特に子供の頃家では、お母ちゃんがいっつも豆を七輪で煮ていましたよ!

  3. 実家の庭先で 茄子を焼いて貰っていましたが、姉と二人で ちょこちょこ つまみ食いをしていたので 焼き上がった頃には 一本は 私と姉のお腹の中でした (。^。^。)

    1. 七輪でサンマが焼きあがるのを今か今かと待ち構えていた、そんな遠い日を焼きナスのお話で思い出してしまいましたぁ。

  4. 実際に七輪を見た事がないんですよね。
    縁側が背景となった場面で七輪の網の上に焼かれたサンマがあり 誰かが団扇で仰ぐと煙が上がって…
    こんな場面をドラマやCMでしか見た事がないんです。
    煙や匂いが漂って 辺り一帯が包まれてそれだけでごちそうになりそうなぐらいに。
    美味しいだろうなぁ〜( ◠‿◠ )

    1. 練炭が燃えるあのゆらゆらとした焔が、どんなものでもまろやかに焼き上げてくれるんですよねぇ。
      お餅なんかも、美味しいでしたもの。

  5. お懐かしや〜っ。あの小窓を見ただけで
    一気に、子どもの頃を思い出しました。
    夕方、お母ちゃんが、秋刀魚やシイタケを焼いてくれました。
    その後、テレビのCMで「さんま、さんま、さんま苦いか、しょっぱいか・・」って七輪でおじさんが秋刀魚を焼いているシーンを見たような。
    後にそれは「秋刀魚の歌」というのだと知りましたが。

  6. 山本周五郎の「青べか物語」で筆者が、浦安河岸で一軒の小屋を借りて仕事部屋としていたことを思い出しました。「青べか物語」では七輪で、豆を煮たり魚を焼いたり、といった場面がよく出てきました。かの文豪も七輪で自炊していたそうな。値段が7厘だった、というイワレがあったのですね。

    1. いつの時代に、七輪が七厘で買えたのかは、いささか分かりませんが、庶民の炊事道具と暖を取る一石二鳥の代物だったのですものねぇ。

okadaminoru へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です