「天職一芸~あの日のPoem 96」

今日の「天職人」は、三重県四日市市の「手延素麺職人」。

麦藁帽子虫篭下げて ぼくらは夏を追いかけた       蝉捕り飽いて水遊び 影も短くなった頃          腹ぺこたちの家からは 素麺啜る音がした         井戸水張った盥の中に 大きな西瓜プカプカと       夕立後の茜空 縁の風鈴涼告げた             何故こんなにも恋しいの もう戻れないあの夏が

三重県四日市市で代々素麺作りを続ける、渡邉文夫さんを訪ねた。

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「忙(せわ)しいと、素溜まりでも喰いよった。今しは作るもんも、喰うひとらも減ってもうたでなぁ」。文夫さんは曲がった腰を庇うように立ち上がった。

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戦前の最盛期は、近在だけでも三百五十軒が、農閑期に素麺作りを営んだ。

二百数十年前、旅の僧が素麺作りを伝えたのが始まりとされる。朝明(あさけ)川の辺は、素麺に最適な赤柄小麦の栽培が盛んで、水車製粉の水利も得ていた。特に鈴鹿颪の寒風は、素麺を鍛えるに打って付けの気候風土。いつしか農閑期を支える副業となった。

文夫さんは中学を上がると農作業の傍ら、十二月から三月にかけて素麺作りの最盛期に、夜を徹して働き詰めた。「素麺を竹の棒に絡めて伸ばすと、そこだけ束んなって固まるもんやでな、『ふしこき』ゆうて、子どもらが手伝ってそれをばらすんさ」。文夫さんが節くれ立った指で、その作業を真似た。

手延素麺は、高さ二mほどのハタゴという、上下に竹の棒が刺さる台座に、八の字を描くよう手で伸ばしながら掛けられる。一本の長さは、四百mにも及ぶとか。「塩加減一つやさ。ちょっと暑いと塩を利かせ、寒いと甘くせなかんでなぁ」。

作業は二日工程。初日は昼から大きな桶に、小麦を塩水で練り上げる。そして綿実油(めんじつゆ)を塗り、団子状の生地を大根ほどの棒状に伸ばし、その後小指ほどの大きさになるまで紙縒り続ける。そして翌日は、午前二時に起き出して様々な工程を経て、身体を二つ折りにした体勢から、足元の竹の棒に絡めた素麺生地を、立ち上がりながら伸ばす小引き作業を繰り返し、夜明けと共に乾燥へ。全十三工程、二日間で約二十五時間にも及ぶ。「昔からこんな仕事『手延は親の死に目にも会えやん』って言われたもんやさ」。

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それが証拠に、三百五十軒が犇めいた最盛期の姿は何処にもなく、今は十一軒だけが細々と昔を今に伝える。(平成十六年五月二十九日時点)

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夏の涼味を絶やさず守り続けた半世紀。腰に負担の大きな、永年の小引き作業は、老職人の姿までも変え果てた。まるで竹の棒に巻き取られ、二つに折れ曲がった「ふしこき」の節のように。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 96」」への15件のフィードバック

  1. おはようございます。
    手延素麺のお話ですね。
    手延素麺作るのに手間がかかるのですね。
    素麺のメーカー色々なメーカー(揖保乃糸,三重の糸等)が有りますね。
    家は、素麺は、贈答用(高級品の素麺)を、貰う事は有るかも知れませんが、買って来るのは、スーパーに有る袋入りの徳用素麺か袋入り素麺を、買って来ますね。
    素麺,ひやむぎ(麺類)は、温と冷両方好きです。
    薬味は、葱と生姜と玉子が有れば、良いですね。(薬味は、シンプル系が好きです。)

  2. 子供の頃は、素麺よりも冷や麦の方が馴染みがありました。ピンクと緑の麺が、一束に2〜3本入っていて、兄妹で取り合ったりなんかして。味は変わらないのにねぇ。

    1. わかりますとも!
      でも家は、一人っ子だったので、全部色物はぼくが独り占めでしたねぇ。

  3. 「天職一芸〜あの日のpoem 96」
    「手延素麺職人」
    懐かしい 夏のいちにちが思い起こされます。
    夕立ちの後はクーラーもなかったせいかひんやりとした涼を楽しみました。ひやむぎに入っていた緑色やピンク色の麺も涼しげでなんだか嬉しかった事まで思い出しています。ありがとうござます。

  4. 素麺はつけ汁に付けて食べますが、金沢ではうどんコロのように深い器に素麺とつけ汁を味わうものでつけ汁も独特な味でした。素麺は単純な食べ物のように感じますが、うどん同様に温かいにゅうめんは違った味わいで好きな食べ物です。いろんな地方から取り寄せて食べたくなりました。

    1. その土地土地の食文化は、その土地の風土もあっていいものですよねぇ。

  5. 三重の糸
    聞いたことある
    湯の山温泉から吹く風か?藤原岳から吹く風か?
    からっ風にさらされ…

  6. イイですねぇ~!素麺
    これからの時期にピッタリ!美味しいですねぇ!
    「三重の糸」知りませんでした。
    岐阜のスーパーには出回っているのでしょうか?
    昔、中坊の頃、夏休みに友人の親戚が滋賀に有り家が琵琶湖の直ぐ近くだったので
    誘われて泳ぎに行きました。
    丁度、昼時だったので、そこのおばさんが
    「お昼、素麺を茹でたので食べて」と言われたので
    おばさん、大きな鍋を「ドン」とテーブルに置いて
    「好きなだけ食べて⤴」
    てっきり、冷やしそうめんだと思ったら、
    素麺とジャガイモが入っていたのでビックリ!
    今で言う「ニュー麺?」味は味噌味で美味しかった!
    真夏の初体験でしたねぇ~⤴

  7. 若かりし頃は 冷や麦を…
    年齢を重ねる毎に お素麺を食べるようになってる私。
    あまり噛まなくてもいいからだろうか?
    いや 絶対に違う!(笑)
    ス〜っと口に入る感触と喉越しが良いからだ!( ◠‿◠ )
    ちょっぴりお値段が張るお素麺は 味わいが濃くて美味しいんですよね!

    1. 素麺は、蕎麦やうどんの食感とも異なり、これからの季節の必需品ですものねぇ。

  8. 四日市コンビナートに7年間通ってました。近鉄名古屋線から鈴鹿山脈を見ながら通勤してましたが、北勢地区が小麦の産地とは知りませんでした。ミルクロードのあたりでしょうか。私がいた会社は四日市港のすぐそば、千歳町でした。近くには、胡麻油の搾油工場があって、胡麻の香ばしい香りが風にのってよくしてきました。通勤に疲れた7年間でした。コロナ禍が一段落したら、大矢知の素麺を求めに四日市までセンチメンタルジャーニーをしたいと思います。

    1. 四日市までご通勤でしたかぁ!
      ご苦労様でした。
      ぜひ思い出を辿りながら、大矢知まで小旅を!

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