「天職一芸~あの日のPoem 94」

今日の「天職人」は、三重県桑名市の「炭焼き煎餅職人」。

縁側ポツリ背中を丸め 母は飽きずに庭を眺めた      風に舞う蝶眼で追って 梢の鳥と語り明かした       母の面影佇む縁で 供物の煎餅封を開いて         パリポリと音を立てれば 心をよぎる母の追憶

三重県桑名市のたがねや、五代目の伊藤巧さんを訪ねた。

「よう他人から、『趣味で商売しとるんやないわ』って、怒られますけどな。やっぱり作り手が美味しいと思えやんもん、店に並べとったらあかんわさなぁ」。巧さんがたがねの包みを開いた。微かに何とも言えぬ溜りの香が鼻先をくすぐった。

たがねとは、この地に伝わる素朴な味わいの煎餅。もち米とうるち米を混ぜて搗いた切り餅に、時雨の溜り醤油を付けて振舞ったものが、やがて煎餅になったとか。

たがねやは、初代濱吉が明治5(1872)年に創業。一枚一枚炭火で炙り、丹精込めて焼き上げる手法は、百三十年(平成十六年五月八日時点)を経た今も何一つ変わってはいない。

「たがね」の由来は、稲を一握り分、供物とした時の「束ねる」が訛って「たがね」になったなど諸説ある。

家業を継いで当たり前の家に生を受けた巧さんは、大学を出ると直ぐに茶道を始め、接客法を学ぶため、名古屋の和菓子店に勤めた。

二十四歳の年に一旦店に戻り、その一年後にはアメリカ放浪の旅へ。「当時は、『一生、煎餅屋でええんやろか」って、ずっと矛盾を引き摺ってましてな。ヒッピー同然に一年ほどアメリカ中を彷徨って。父が病で死にかけたんで、慌てて戻りましたんさ」。

二十七歳の年、大学時代の後輩であった、裕子さんと再会。「この人なぁ、割れちゃあ困る煎餅と同じで、生き方に強さがあったから」。固焼き煎餅を物ともせぬ心根の強さに惹かれ、千葉から遥々桑名へと嫁に迎えた。

たがね作りは、最高品質のもち米と、地元産のうるち米を秘伝の配分で混ぜ合わせ、たがねの生地を作る。次に生地を蒲鉾状に長く伸ばし、薄く切り揃え特注の樫の炭火で炙る。「備長炭では、上手く焼けやん。芳ばしさに違いが出てくるでなぁ」。全体にキツネ色の焦げ目が付けば、初代から続く特注の溜り醤油に付けて炭火で再び乾かす。

「ぼくが一番美味しいと思える、そんな焼け方がなかなか出せやんのさ。どうしても焦げに斑があったりして、ようけ失敗も出ますんさ」。各産業が高度成長に突き進む中、機械化の話も持ち上がった。しかし先代たちは、機械化の手招きには応ぜず、代々伝えられる炭火の手焼きだけにこだわり続けた。

「客に阿(おもね)ってはあかん。自分が一番美味しいと思えることこそが、何より肝心なんやさ」。

商人である前に、職人であろうとする誇りが、老舗の暖簾を今日も守り抜く。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 94」」への17件のフィードバック

  1. おはようございます。
    炭焼き煎餅屋さんのお話ですね。
    ・三重県の桑名市に、炭焼き煎餅屋さんが、有ったのですね。私は、知りませんでした。ブログを、見て知りました。

    ・伊藤さん 中々納得する出来る焼き方を、するのが難しいのですね。

    ・写真の炭焼き煎餅美味しそうですね。シンプルな味の煎餅(もち米とうるち米を混ぜて搗いた切り餅に、時雨の溜り醤油を付けたシンプルな味)良いですね。
    (常連さん)リピーターさんが、見えますね。

  2. あられ、おかき、お煎餅、ぜ〜んぶ大好きです⤴️
    ぷ〜んと、お醤油の焼けた匂い、こりゃ溜まりゃん\(^o^)/

    1. どれもこれも、日本の味!
      両親と卓袱台を挟んで食べた、懐かしの味ですねぇ!
      今ではソファーに寝っ転がって、カウチ族ですが!

  3. 以前 焼きたてのお煎餅を口にした瞬間 「 ちょっと柔らかいな~ 」 と感じた事を覚えていますが、 これは 焼き方の違いなんでしょうか??
    まだ 「※ ぬれせん ※ 」が 出回る前に 観光地で 店頭で焼きたてを口にした時 友達と顔を見合せた事がありました。

    一時期 ※ぬれせん※ に はまっていましたが、 やっぱり 大きな海苔が 巻いてある 醤油味のお煎餅が良いですね~ (●^o^●)
    最近は ビールを片手に、納豆巻きやチーズ巻きも お気に入りです ☆☆☆

    1. あられも、お煎餅も、色んな種類が楽しめますものねぇ。
      太らなきゃ、一日中でも食べていたいものです。

  4. 昔 旅先で焼きたてのお煎餅を食べて感激した事があります。
    もちろん目の前で焼いていたお煎餅!
    その場面を見てからの「パリッ!」だったので 何十倍も美味しかったです。
    職人さんのこだわりって素敵ですよね〜
    「客に阿ってはあかん」
    早速意味を調べました(笑)
    なるほど…
    また一つ勉強になりました( ◠‿◠ )

  5. せんべいと言えば
    亀田製菓の「まがり煎餅」
    初めて食べた時、こんなに美味しい煎餅があるのか⤴
    いっとき「まがり煎餅」ばかり食べていました、
    お蔭さまで今はスーパーへ行っても手が出ません。
    何でも「ホドホド」です!
    今、夢中なのが、「おしゃぶり昆布、浜風」
    北海道産の昆布でチョット口が寂しい時エエですよぉ⤴
    オカダさん、言っとくけど「髪」増やそうとかではありませんので
    誤解の無いように・・・!
    オカダさん「忘れないで♬」
    ありがとうございました。
    感動!!感動!!でした。「ホット一息、癒されました」
    皆さんもきっと癒された事でしょう!

    1. なぁ~んだ、昆布は落ち武者脱却だと思ってましたぁ!
      でも正直、それもあったんでしょ!

  6. たがね煎餅
    お多賀さんやなかった?
    食べたことないからいつかは買いにいこう

  7. お多賀は滋賀だ(^-^;
    ごめんごめん
    お多度さんだ

    へぇお取り寄せですか
    それはそれは(^o^)
    これまた落ち着いたら行かなくちゃ

  8. 電車でいく天職一芸の旅
    イン 養老鉄道ですね
    車両は東急から譲り受けた
    歌舞伎カラーの車両で(^o^)

    1. えっ、そんなハイカラな車両があるんだぁ!
      さすがだねぇ。テツオのまんちゃん!

      1. あの近鉄グループから
        脱皮
        東急だよ
        いままで近鉄電車のお古だったのに…
        30年前に走っていた車両は今、大井川鐵道で近鉄カラーで走ってるみたい
        エンジ色やなく、白と青のツートンカラーで

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