「天職一芸~あの日のPoem 93」

今日の「天職人」は、岐阜県羽島市の「料亭花板」。

三味に浮かれる無粋な客の 酒の戯れ心を抉(えぐ)る   どうせ叶わぬ板場の恋よ 粋な花街戻り川         源氏名じゃなく名前で呼んで 腕の枕でそうつぶやいた   叶わぬ想い身を焼きながら 逆さに流る戻り川

岐阜県羽島市の料亭西松亭、三代目女将の西村智恵子さんを訪ねた。

「家の裏を流れる川は、逆川(ぎゃくがわ)と言って、この辺り一帯は堤に咲いた花の町だったんやて」。確かに川面は、下から上へと向かって流れる。誰が名付けた「戻り川」。智恵子さんは、懐かしそうにつぶやいた。

女将は三人姉妹の長女として誕生。昭和45(1970)年、東京の料亭で花板を張っていた夫を婿養子に迎えた。

この辺りは昔旭町と呼ばれ、二軒のダンスホールと十軒以上の料亭が軒を連ね、芸者置屋からは三味の音が川面を遡る風と戯れたとか。

「朝の八時くらいに旦那衆が上がり込んで、芸者を揚げてはドンチャカドンチャカ。疲れ果てて一寝入りして酔いが醒めれば『おおい!空いとる芸者、全部総揚げや』って。一万円札が初めて発行された時なんて、『これが一万円札や!お前らにも見せたろ』って、芸者衆や仲居にまでご祝儀ばらまいて」。

昭和2(1927)年創業の西松亭は、三十年(平成十六年五月一日時点)ほど前から二代目と三代目が試行錯誤を繰り返し、スッポン料理に挑んだ。「『おおぃ、ドチ(スッポンの方言)あるか』ってお客様が、最初の頃は一年に一組あるかないかやった」。それが今や看板料理の一つに。

四代目の花板を継ぐ永根(ひさね)さんは、高校を出ると京都祇園の高級料亭、円山菊乃井に住み込み五年に及び修業。「円山公園が枝垂桜で一番賑わう時に見習いに入り、毎朝四時から翌深夜三時までぶっ通しで洗い物ばかり」。同期入店の十人の板場見習いは、あまりの厳しさに耐え切れず、次から次へと店を去った。しかし高校在学中に調理師免許を取得した程の永根さんは、五年の苦行にも耐え、煮方の脇鍋に。当時一ヵ月の給料六万円は、勉強の一つとして食べ歩く費用に費やされた。

現在、永根さんが腕を揮うスッポン料理は、赤ワイン割りの生血に始まり、絶品のゼラチンと呼ばれる甲羅の縁側の水煮、肝、胸肉、脾臓(ひぞう)、心臓のお造り、皮の唐揚げ、骨で出汁を取った鍋、締めは雑炊。

「六十年ぶりに生まれた男の子やと、お爺ちゃんに可愛がられて。だから店を継ぐのも当たり前。『店はお前が守るんやない。お客さんが守ってくださるんや』って、お風呂で毎晩聞かされてましたから」。白衣も板に付く若き花板は、歴史に阿(おもね)ることもなく、客が守りたくなる程の味の追及に挑み続ける。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 93」」への13件のフィードバック

  1. おはようございます。
    料亭花板のお話ですね。
    (お店の写真)入りやすそうなお店ですね。お料理を、注文して食べたいですね。
    (写真の料理)スッポン料理美味しそうですね。色々な料理美味しそうですね。
    私は、実際に料亭に行った事は、有りません。
    料亭は、TVで見た事有ります。
    料亭って値段が高いイメージが有ります。

  2. 私の周りに、会席料理は「ちょこちょこ出てきて食った気がしない!」なんて事を言う男性もいますが、味は勿論、盛り付けも綺麗で、次は何が出て来るのか、わくわく感満載なので、私は好きだなぁ。

    1. なかなか高級料亭なんて、自分じゃ行けませんが、一流と称される料亭にはやっぱりきっとお値段だけの事はあるんだろうなと、感心させられるものです、
      表門を潜って玄関口までのお庭の設えや、玄関を上がってお部屋に続く廊下や坪庭、そして渡り廊下越しに眺める内庭のすばらしさや。
      部屋の床の間のお軸から一輪挿しやら、何気ない調度品まで。
      それらをゆったりと干渉しながら、贅を尽くしたお料理に舌鼓なぁ~んて言ったら、まるで竜宮城のようじゃあないですか!って、竜宮城には、そもそも行ったこともありませんが・・・(笑)

  3. まるで別世界のよう…
    一生に一度 その暖簾をくぐってみたいですね。
    素敵な時間を五感全てで楽しみたいなぁ〜
    鹿威しの「カ〜ン」っていう音が聞こえたりして( ◠‿◠ )
    『 時 』を楽しむ時代は何処へ…

    1. いいですねぇ!
      鹿威しやら蹲、そして水琴窟なんて!
      それもこれも、ラジオもテレビない時代だったからこそ、周りの虫の鳴き声や、風の音やら、天然の環境音に耳も傾けられたのでしょうね。
      今じゃそんな音さえも、街の喧騒に掻き消されるばかりですよね。
      そう言えば先日、「必要火急」の用で、垂井町田んぼのある道を歩いていた時に、ひっさしぶりに蛙の鳴き声を聞くことが出来ました!

  4. 少し早い自然を満喫できて良かったですね。ここらでは まだですよ。

  5. この間 洗濯物を干してる時に聞こえてきました。 蛙の鳴き声が…
    まぁまぁ田舎っぽいですからね(爆笑)
    今から蛙の大合唱が始まる季節なんですよね〜
    私の苦手な夏が始まる(泣)

  6. なんとも風情のある、お店ですね。
    それにやはり一度は外で修行されるのですね。技術だけではないものも会得されたのですね。

    スッポンは、食べた事がありませんが、どんなお味なのでしょうか。
    興味津々。

    1. 女性には大変人気があるようですねぇ。
      なんでもコラーゲンがメッチャ豊富とかで!

  7. 御年65歳
    すっぽん料理!食べた事がありません!
    まぁ~⤴一生食べないと思います。
    「すっぽん」所詮カメでしょう!
    生き血を呑むなんて、とんでもない!
    あたしゃぁ~⤴
    自分の好きなもん色々取れる「バイキング」がエエですぅ~!
    余談ですが、
    韓国旅行へ行った時に食べた「参鶏湯」これは美味しかった。

    1. ぼくは仕事のお付き合いで、2~3度スッポン料理と遭遇しましたが、まったくいずれも箸すら付けられない、ヘタレでしたぁ!

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