「天職一芸~あの日のPoem 88」

今日の「天職人」は、岐阜市一日市場の「渡しの船頭」。

長良のほとり桜の並木 花嫁乗せて船出す船頭       流れをかわし櫓(ろ)を切りながら 世の荒波へ漕ぎ出す門出                           川面に揺れる金華の山と 白い小さな花嫁の顔       水面の鏡小指の先で そっと紅注す小紅(おべに)の渡し

岐阜市一日市場の小紅の渡し、船頭の棚橋正己さんを訪ねた。

片道たった二分の船旅。それが小紅の渡しだ。春まだ浅い長良川の川面を、対岸の鏡島弘法(乙津寺)裏の、土手を目指し滑り出す。「弘法さんの四月のご開帳ん時は、朝から晩まで櫓を漕いで、五百人ぐらい渡しとるんやて」。正己さんは船頭小屋の窓から、対岸の船着き場を眺めた。

正己さんの一家は、終戦の前年、旧本巣郡本田村から一日市場に移り住んだ。中学を出ても戦後の混乱で満足な仕事もなく、土木作業や農作業に従事。十七歳になって小紅の船頭を務めた。

「今は、誰も乗りゃあせんけど、ここは川の中の生活道路やったんや。だで糞尿入りの桶積んだリヤカーや自転車乗せたり、鏡島に野菜持ってって物々交換する人らをよう渡したもんやて」。小紅の渡しは、歴(れっき)とした県道、文殊茶屋新田線だ。

昭和31(1956)年、正己さんは繊維関係の会社に就職。それから五年後、高知県出身の静子さんと結ばれ、定年まで勤め上げた。「従兄弟がここの船頭やっとったで、毎月弘法さんの命日だけ、わしも手伝っとったんやて」。

従兄弟の引退で、正己さんが船頭を引き継いだ。「川が好きな出来んよ。川の流れと風向きを読んで、櫓を繰り出すんやで。たとえそれが片道二分の渡しでも、年間七~八千人の命を預かるんやで」。正己さんは日に焼けた赤ら顔を綻ばせ、窓から対岸を覗き見た。「向こう岸から手を振るもんがおると、迎えに行ったらなんでな」。

小紅の由来は、昔の女船頭の名とか、紅花を栽培していたからとか、嫁入りの渡しで、花嫁が水面に顔を映して紅を注し直したとか諸説ある。「わしはやっぱり、花嫁が紅注し直した説を、一番気に入っとるんやけどな」。

定員九名の渡し船の座席に腰を下ろし、周りの景色を見渡せば、土手の高さに高層ビルも遮られ、浮世離れした昔日と出逢う。

「でもまああかんて。昔と比べると水量も減っちまって、水位も下がりっぱなしやで」。長良川の流れを誰よりも愛し、半世紀に渡り小紅の風景を見守り続けた、老船頭の言葉が川面に舞った。「長良川は、わしの人生そのもの。命の源やて」。

船を舫(もや)う手を止め“いのけるうちは、まあちょっとやろかな”と、正己さんはまるで長良川に聞かせるかのように、そう呟いて穏やかに笑った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 88」」への21件のフィードバック

  1. おはようございます。
    渡しの船頭さんのお話ですね。
    小紅の船頭さんは、歌(小紅の渡し)で、聞いた事有るだけなので、実際の職人さんのお話 お仕事等勉強なりました。
    私は、観光等で、渡し船に乗った事が、有りません。

  2. おはようございます。富山県にも渡し船はありますが、船頭さんが漕いでの渡し船があるのは知りませんでした。落ち着いたら出掛けてみたいです。

  3. 村の渡しの船頭さんは、今年六十のお爺さん~。 昔の歌ですが、今の六十は? 時代を感じます。

    1. だとしたら・・・ぼくはすっかりお爺さんの域かぁ・・・。
      トホホ
      でもナニクソ!もう一暴れも二暴れもしなくっちゃ!

  4. そうですね!
    夢があるから青春!っていいますものね
    それでは一曲歌います。

  5. 『渡し船』って乗ったことあったかなぁ、と記憶を辿っていたら、あった、あった、的矢湾に浮かぶ離島に宿泊した時に乗った事を思い出しました。って言うか渡し船に乗らないと行けない。

    1. それって、もしかしてあの男性のパラダイスって言われる、渡鹿野島ですか?
      でも渡鹿野島は、帆掛け船の昔から、風待ち港として、船乗りたちが立ち寄った場所なんだそうですよ!

  6. 渡し舟と言えば!
    「矢切の渡し♬」歌ありましたねぇ⤴
    私は「ちあきなおみさん」の矢切の渡しが好きでした。
    先日、新聞の広告で「ちあきなおみCD全曲集」が発売とありました。
    思わず「嫁にこれ欲しい」がしかし
    嫁は「それは・・・・!」
    撃沈⤵
    皆さん「ちあきなおみさんの(紅とんぼ)」知ってますか?
    この曲を聞く度に、目に涙が・・
    エエ歌やぁ~!
    オカダさん心に沁みる歌!
    これからも聞かせて下さい。
    また、機会がありましたら、「忘れないで」聞かせて下さい。

    1. ああっ、「忘れないで!」。
      忘れられないうちに、今度また歌ってみましょう!

  7. オカダさんこんばんは(^-^)
    私の地元でも渡り船ありますよ。 中野の渡りで羽島市~一宮市(旧尾西)で木曽川を渡っています。 昔の方が良く利用されていて今は高校生が自転車を乗せて通学で利用しているそうですよ! ちなみに片道が7~8分ぐらいだそうですよ! 私は乗った事ないけど天竜下りの船乗った事がありますよ 自慢じゃないけどおじいちゃんが網で遠くまで投げて鮎を釣っていましたよ☺️ 網で鮎を釣るおじいちゃんの姿格好良かったですよ 今はあまり見る事がないけどね

  8. 鏡島の 小紅の渡しですね~ (●^o^●)
    昨年夏 息子家族が貸し切りで乗船してきましたよ 。

    幼稚園児の孫は とっても興味をもったみたいで 「 お話ししながら、おじいちゃんが長い棒でくねくねしてた ! 今度は一緒に行こうね 」って言ってくれましたよ (^_^)v

    1. あらまあ!そりゃあお孫ちゃんには、さぞや新鮮だったでしょうね!
      とても良い体験ですよ!

  9. ” 小紅の渡し” の名前 妙に引っかかってしまいました(笑)
    私が女性だからでしょうね。
    「小紅?何か女性が関連して名付けられたの?可愛くもありお洒落な名前…」
    矢野顕子さんの「春咲小紅」の曲も頭の中を流れたりもしました( ◠‿◠ )
    40年程前の口紅のCM曲です。
    『ほ〜ら春咲小紅 ミニミニ見に来てね 私の心 ふわふわ舞い上が〜る』♪
    小紅の由来 この職人さん同様 花嫁さんが紅を注し直した説に一票!
    想像するだけで顔がほころんじゃいます。

    1. 何もかもがゆったりとしていた、今とは速度の違う時代が、年々恋しくなってゆくのは、それだけ齢を重ねた証なんでしょうね。
      角隠しを被った真っ白な花嫁の顔が、長良の川面に浮かび、そっと小指の先で紅を挿すなんて!ロマンチック過ぎます!

  10. おー、渡鹿野いきたーい
    あっ、そっちやないか(^o^)
    早朝にね
    東桜のテレビ局みてると
    長良川百景とかで小紅の渡しってでますね 
    そう、県道だよ
    これは大事にしたい遺産ですね

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