「天職一芸~あの日のPoem 80」

今日の「天職人」は、三重県二見町の「酒素饅頭職人」。

縁に面した硝子窓 長閑小春日忍び込む          お炬燵(こた)の舟を肩で漕ぐ 老船頭の夫婦舟      幼い頃の楽しみは お炬燵で剥いた蜜柑の香        七輪炙る酒饅頭 若き日父母の笑い声

三重県二見町で大正2(1913)年創業の、旭家酒素饅頭三代目女将の晝河(ひるかわ)笑子さんを訪ねた。

磨き込まれた引き戸を開けると、ほんのりと酒の香が鼻先をくすぐる。「昭和も30(1955)年頃から大阪万博の頃まで、ここらあはよう賑わいましてな。気が付くと客が、広間に上がり込んどるほどやったんさ」。笑子さんが往来を眺めた。学校帰りのランドセル姿が、ふざけ合って屈託のない笑い声を上げながら通り過ぎて行く。

同町生まれの笑子さんは、十六歳も年上の三代目饅頭職人の久男さんの元へと、十八の娘盛りに嫁いで来た。「せやけど祝言は、戦時中やったでモンペ姿で嫁入やさ。当時は憲兵隊が目え光らせて五月蠅(うるそ)うてかなんで、見つからんよう夜遅うにわずかばかり親戚のもん呼んでな。それで固めの盃やったんやさ。何やまるでコソコソと悪い事でもしとるみたいで、味気のうてなぁ」。

当時は統制経済の影響で、小豆も砂糖も極端に不足し、何処も彼処も暖簾を下ろしていった。久男さんはわずかに背丈が足らず、徴兵検査に落ち銃後の守りとして国鉄に勤務。

「戦争も終わったで、先代が達者なうちに修業を積もう」と、昭和24(1949)年に国鉄を辞し、三代目を継ぐための修業が始まった。

まず何はともあれ、真夜中十一時頃から、酒素を一夜仕込みで寝かせ、翌早朝から蒸気が立ち込める中で饅頭を蒸し上げる。季節により酒素を寝かす時間も、蒸し加減も微妙に異なり、饅頭一つ一つに職人が命を吹き込む。「昔の人らは、お伊勢さんと二見の興玉さんでお詣りして、夫婦岩拝んでから、家の饅頭を買(こ)うて帰るんが愉しみやったんさ。この饅頭食べて大きいなっていかれた方は、今でもわざわざ立ち寄ってくれるほどやに」。

昔と何一つ変わらぬ手法で、大正の味をそのまま今に受け継ぐ。翌日には餡子を包む薄皮が固くなるのも、酒素饅頭ならではの特徴だとか。それこそ昔なら、七輪の上でさっと炙るだけで、何とも芳ばしい皮の焦げる匂いと、仄かな酒の香が立ち込める。

「『自分が旨いと思えんような饅頭は、絶対にお客さんに売ったらあかん』ゆうて、息子は毎日二~三個ずつ、『家の饅頭は日本一や』言うのが口癖なんさ」。笑子さんの笑い声に混じって、玄関口から「ハ、ハッ、ハクション!ああっ、誰ぞ噂しよったな」。四代目を継いだ大の餡子好き、智也さんのお帰りだ。笑子さんが息子を背にしてこっそり笑った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 80」」への16件のフィードバック

  1. おはようございます。
    酒素饅頭職人さんのお話ですね。
    ・写真の酒素饅頭美味しそうですね。食べたくなります。昔ながらお饅頭良いですね。
    ・私は、和菓子,洋菓子両方好きです。
    最近和菓子屋さんで饅頭買っていません。
    スーパーに売っている酒饅頭美味しいですね。
    私は、あんこ(つぶあん,こしあん)両方好きです。
    ・『自分が旨いと思えんような饅頭は、絶対にお客さんに売ったらあかん』その通りだと思います。
    ・酒素饅頭のリピーターさんが見えるのですね。
    ・酒素饅頭作るのに手間がかかりますね。湿度等によっては状況が違うから調整しないと駄目ですね。
    ・お店は、入りやすいかんじですね。
    大正2年創業老舗のお店ですね。
    ひるかわさん 息子さんが、後継ぎで良かったですね。

  2. 和菓子大好き 餡子大好きの私にとって ケースに並んでるお饅頭の写真は酷だけど ニンマリしてしまいます(笑)
    きっと ほんのりお酒の香りがして 餡子も上品な甘さなんでしょうね〜。
    歴代の職人さん達の想いが滲み出てる感じがします( ◠‿◠ )
    これはお取り寄せではなく やっぱり現地に出向いて味わってみたい一品です。

    1. そうですとも!現地でその場でパクリ!これが何よりのご馳走ですね。
      ここから30m程のところに、御福餅の本店があり、御福マックアイスが食べられますよ。

  3. 初めて聞く品名と「食べられますよ」の言葉に検索するのも忘れて 思わず「何?」って聞いてしまいましたが 今チェックしてみました。
    お福アイスマック…良いですね〜。
    私の両親は 小豆のアイスが大好きなので 早速注文してしまいました(笑)
    もちろん 私の分も。
    なかなか外出出来ない両親に このアイスを食べて ほっこりして貰おうと思ってます。( ◠‿◠ )

    1. 四角いあずきキャンディーに、持ち手の棒が斜めはすかいに刺さっていて、食べるときが特徴的です。
      でもメッチャカチンコチンですから、くれぐれもご両親にそう言っておかれた方が!
      かなり頑丈な歯の持ち主でも、きっと手古摺ると思います。

  4. まんじゅう!ではなく
    まんぢゅう!
    美味しいに決まってるぅ⤴
    これなら10個は食べられるぅ⤴
    まん(じゅう)だけに!
    何てぇねぇ!
    でもねぇ!落雁だけは苦手!
    口の中の水分全部持っていかれるもんねぇ!

    1. ええっ!まあ確かに唾が奪われるにせよ、和三盆の落雁はこれまた格別じゃあ?

      1. そうですね。
        まんぢゅうになってますね。
        美味しそうです。

        御福マックアイス それは気をつけて食べないといけませんね。うっ!食べてみたくなります。

        1. 御福マックアイス、ぼくは一度本店の前のベンチで食べました!
          硬かったぁ!

  5. 3時 お・や・つ の 時間だ~
    身体も心も疲れている今 甘いおまんぢゅうを食べて ほっ❗ としたいですね☆
    美味しいお茶を入れ つぶ餡のおまんぢゅうで ゆったり しましょっ (^-^ゞ

    実家の近くにお餅屋さんがあるので
    幼少の頃はできたての すわま 買いに行ってました~
    今は確か 4代目が継いでみえます ☆

    もう そろそろ柏餅がお店に並ぶ頃ですね (#^.^#)

    1. ええっ、「すわま」ですか?
      ぼくは初めて耳にした言葉です!
      気になる気になる!

      1. ほんのり自然な甘さ、 ちまきより柔らかく、モチモチしていますよ ☆
        お餅屋さんのケースの中では1番安く、 昭和30年代 ¥10 くらいで買えたような?

        * あま糖っち さんは 食べた事あるよね~ ❗❗

        1. へぇー、勉強になりましたぁ!
          今度岐阜へ行ったら、探してみなくっちゃ!

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