「天職一芸~あの日のPoem 72」

今日の「天職人」は、名古屋市中区の「寄席芸人」。

小さな君が笑うたび どれほど勇気を得たことか      客もまばらな寄席に立つ 儚き浮き草寄席芸人       「紹介したい人がいる」 年頃になった君が言う      出囃子の音に舞台に上がりゃ 花道脇に二人連れ      「初めましてお義父さん」 楽屋でそのまま嫁入り話    今じゃ孫が笑うたび 心でテンツク寄席囃子

名古屋市中区の寄席芸人、伊勢元気(本名/南端繁希・みなみばたしげき)さんを訪ねた。

「今日も昼まで、ビル掃除のバイトしてきましてなぁ」。元気さんが苦笑い。

元気さんは芸名通り、三重県伊勢市で漁師の長男として誕生。高校卒業後、県内の会社に就職。昼休みの食堂で、テレビに目が釘付けとなった。同僚たちはコント55号(萩本欽一さん、坂上二郎さん)に夢中。「初めて欽チャン見て『こんなん俺も出来る!』って。それが間違いの始まりや」。

欽チャンへの弟子入りを目指し上京。所属事務所で座り込んだ。「ハトバス乗ったら国へ帰れ。コント目指すならまずは芝居だ」と言われ、その足で大阪へ。寿司屋に住み込み吉本新喜劇の団員募集に応募。研究生としてコッテコテの新喜劇を学んだ。そして「東京で一旗揚げたい」と、二十五歳で再び上京。浅草のストリップ劇場やキャバレー廻りの日々。「だって女の裸もただやしな」。吉本の後輩と結成した「天突天(てんつくてん)のコンビが人気を呼び、大手芸能プロに所属。和田アキコ主演の映画「お姐(ねえ)ちゃんおてやわらかに」に出演。次から次へと仕事も舞い込んだ。「金も仕事もあってすっかり有頂天」。ついに芸能プロの社長から「もう少し勉強しようか」と遠回しな解雇通達。

二十九歳で名古屋に戻り、大須演芸場で「劇団Now」を旗揚げ。そして翌年、劇団員を妻に迎えた。一男一女に恵まれたものの、鳴かず飛ばず。家族を引き連れ伊勢の実家に戻り、アサリ漁で生活を支えた。

子供も成長しゆとりも出ると、テレビの芸人が目に付いた。「こいつら、違う」。家族を年老いた母に託し、劇団伊勢を結成。再び大須の舞台に。とはいえ、所詮金にはならない。朝一から昼まで喫茶店。昼からは靴屋の販売員。店番の隙を見ては、演芸場の舞台に立ち、深夜まで居酒屋の調理場で、酔客相手に話芸で盛り上げた。

「やっと子供も一端になった途端、女房に逃げられてもうてなぁ」。窓の外、子供の手を引く幸せそうな家族に、元気さんは目を細めた。

「奥の席から笑いの波が押し寄せる。それをもう一度味わうまでは・・・」。男はしたたかに明日を見つめた。

寄せては返す波のような人生。「馬鹿にされても、舐められたくはない。せめて舞台の上ではなぁ」。初めて見せた厳しい眼差しで、寄席に命を張る小柄な芸人はつぶやいた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 72」」への12件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・寄席芸人のお話ですね。
    ・伊勢さんの人生 波乱万丈ですね。
    朝一から喫茶店 昼から靴屋で仕事を、しているのですね。仕事の隙を、見て演芸場で出ているのですね。大変ですね。
    ・私は、だいぶ前にラジオのリスナーさんと大須演芸場に行った事有ります。 伊勢元気さんの芸を、見た事有りません。

  2. おはようございます。
    ・だいぶ前に大須演芸場にラジオのリスナーさんと行った事有ります。 演目は、落語を見ました。
    ・落語のお噺の名前は、覚えていません。落語 面白かったです。

  3. 25年以上前に、ツアーで近鉄電車に乗って大阪へ吉本新喜劇を見に行った事があります。添乗員さんの説明で「席を立つ時に、荷物を置いとくだけじゃ、荷物を下に置かれて席を取られちゃいますよ」と言われたのが印象的で、今も忘れられない言葉です。ホンマかいな‼

    1. でも確かに、いかにもありそうな話ですよね。
      なんせ相手は、コッテコテの大阪人ですもの!

  4. 大須演芸場
    岐阜から近いのに行った事がないので
    新型コロナウィルスが収束したら是非⤴行きたいと思います。
    大須商店街の散策も面白そう・・!
    お笑いを観て、大笑いして、美味しい物食べて、ストレス発散したいと思います。
    笑う門には福来る!「わっはぁはぁ」
    オカダさんも眉間にしわを寄せて難しい顔しないで、笑って⤴

    1. 皺ですかぁ!
      でもぼくも落ち武者殿も、押しも押されもせぬシルバーンなオッサンですから、寄せる皺には太刀打ちできません!
      だったらコロナが収束したら、皺と皺を合わせて「幸せ」とでもいきましょう!

  5. ♪ 芸のためなら女房も泣かす〜 ♪
    この歌詞がふっと浮かびました(笑)
    何度挫折しても やっぱり押し寄せる笑いの波を感じたい…
    雷にうたれたような 凄い衝撃を受けたのかも⁈
    テレビで 芸人さんが同じような事を言ってるのを聞いた事があります。
    でも まずは身近な人達を笑顔にしなければ…と思ってしまいました。そして 自分自身も笑顔で。
    ちょっと厳しい意見かも知れません。
    私が男性なら そうするかなぁ〜って。

    1. 厳しいどころか、ものすごく納得させられるご意見!
      ありがとうございました。

  6. しわとしわをあわせて〜
    いいですね。私もあわせ甲斐がありそうなのでよろしくお願いいたします。

    いつもと変わらない生活が送れるその日までにやりたい事
    1個くらい考えておきま〜す。

    1. そうです、そうです!
      こんな時こそ、こんな時だから。
      こうして今一度「あたり前がシアワセ」「ありきたりのシアワセ」を見つめなさいと、神の御掲示かも知れませんもの。

  7. 寄席は大好きです!演芸を楽しむなら大きなホールより寄席や演芸場の方が楽しいです。芸人さん達の楽屋話も聞けたりします。コンプライアンス的に大丈夫?と思う時もありますが、知ったこっちゃない感じが自由でgood!です。

    今は、古今亭文菊さん、柳家さん喬さん、スタンダップコメディアンのナオユキさんが好きです。一昨年の大須演芸場での露乃新治さんの怪談噺もとっても良かったです。
    元気さんには、まだお会いしておりませんが、大須でお店もやっていらっしゃるようですね。

    皆さんが、寄席へ自由に出かけられるような世の中に早くなりますように。

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