「天職一芸~あの日のPoem 63」

今日の「天職人」は、名古屋市中川区の「箔押(はくおし)」。

納屋の古びたランドセル 最後の時間割のまま      埃に塗れた教科書広げ 遠くに翳むあの日と出逢う    ページの隅を埋め尽くす 小さな文字の落書きは     あの娘(こ)の名前の繰り返し 栞代わりに四葉の押し花 パパッ ゴハンデシュ 妻に抱かれた娘の声       四葉の願いが現実に あの娘の笑顔も大と小

名古屋市中川区の小柳商店、二代目箔押の小柳正勝さんを訪ねた。

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久しぶりに、今生家族で共にいられることを、心底楽しんでいる一家と出逢った。輪廻転生、ソウルメイト。人間は何度も今生に於ける役柄を変え、生まれ変わるとする説が、最も身近に感じられた瞬間である。親が子を、子が親を他愛も無い事で殺める事件が相次ぐ中、命の重さを改めて感じた。「家は女房がええで。毎晩長女長男の四人、この仕事を終えて晩酌するのが一番の愉しみだぁさ」。正勝さんが煙草に火を点けた。一見、ジャズ界の重鎮、世界のナベサダを想わせる、ジーンズとTシャツの似合う還暦過ぎの職人だ。

元々初代は、段ボールの小箱製造工場として開業。「あんまり勉強が好きじゃなくってさ」。正勝さんは高校を出ると、父の工場の跡継ぎを決意。昭和35(1960)年、日米安保阻止を旗印に全学連の若者が、民主主義の存亡を懸け燃え尽きた年だった。しかしその後、国民の関心は政治から遠ざかり、物質的な豊かさに惹かれモーレツな時代へ。昭和41(1966)年、小柳商店も転換期を迎えた。手貼りの本金箔押ではなく、機械により転写する箔押。ホットスタンピングと言われる業態への転換だった。「機械を入れたものの、親父も私も箔押なんて初めて。注文受けてから、何度断ろうと思ったことか」。正勝さんはその年、同い年の恋女房和代さんを娶った。新婚生活が始まったばかりで、後戻りなど許されない。

1センチ四方に最大で30トンの圧力と熱を加え箔を転写する。凸版の受け軸を手作りで工夫し、難易度の高い箔押を続けた。

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昭和44(1969)年には長女麻子さんが誕生。翌年には、三代目を襲名する長男英司さんを授かった。

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「女房との出逢いも、酒呑み仲間の紹介。仕事も酒の仲間にどんだけ助けられたやら」。正勝さんの言葉に、箔押機の前で黙々と手先を動かす麻子さんと英司さんが、見つめ合ってこっそり笑った。事務所の入り口で来客の相手をしていた恋女房も、これまた然り。「難しい注文に悩んで『どうしよう』と闇の中を彷徨い歩いとっても始まらん。原点に戻るが一番」。平成の箔押がつぶやいた。箔押一家四人の原点は、家族の絆そのものだった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 63」」への3件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・箔押のお話ですね。
    私は、箔押を、TVで見た事有ります。難しい仕事でした。
    ・小柳さん 後継ぎさんが、いて良かったですね。 高校を、卒業してからお父さんの後継ぐと決めたのですね。
    奥様の出会いも酒呑み仲間の紹介だったのですね。
    仕事も酒仲間に助けられたのですね。
    小柳さん 毎晩長男と長女の晩酌が楽しみ良いですね。

    ・小柳さん一家 家族の絆が、良いですね。

    ・私は、箔押を、した商品を、持っていません。箔押した作品は、綺麗ですね。
    ・「難しい注文に悩んで『どうしよう』と闇の中を彷徨い歩いとっても始まらん。原点に戻るが一番」。その通りですね。

  2. お二人が 箔押の仕事をした事がなかったのに 注文を受けてしまう…
    その度胸はどこから。
    きっと寝る間も無く 研究に研究を重ね試行錯誤しながら 作り上げてきたんでしょうね。
    だからこそ「原点に戻るのが一番!」って言うことが出来るのかも⁈( ◠‿◠ )

    1. ついつい初心を忘れてしまって、横着になってしまうのを、戒める大切な言葉だと思います。

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