「天職一芸~あの日のPoem 53」

今日の「天職人」は、三重県名張市の「薬師(くすし)」。

病の床の 母の背を そっと擦って 夜を明かす     微かな寝息 響くたび 幼き日々が 蘇る        風邪に咳き込む ぼくの胸 母は夜通し 手を添えた   世に妙薬は 数あれど あの温もりが 天下一      母の痛みは 取れぬとも せめて孝行 真似てみた

三重県名張市で二百三十年(平成十五年六月十七日時点)以上続く、田中余以徳斉(たなかよいとこせ)薬局、九代目田中トミエさんと、十代目の英樹さんを訪ねた。

「この人なぁ。二十年も前から決まって、月に一回京都で勉強や言うて、一泊で出掛けるんやさ。最初は嫁も『京都に女でも出来たんやろか』って、皆が怪しんでなぁ」。トミエさんが秀樹さんを指差し、いきなりそんな話を切り出した。

屋号に冠した余以徳斉とは、「余りを以って徳を斉す」の意。創業当時より紀州徳川家への出入りが許され、婦人病に効果のある「白水龍王湯(はくすいりゅうおうとう)」を御側目女衆(おそばめしゅう)向きに納め続けた縁で、藩主から拝領したとか。

トミエさんは奈良県榛原町で誕生。昭和24(1949)年、大阪の帝国女子薬専を卒業後、戦後初の国家試験に合格し薬剤師となった。翌年田中家に嫁ぎ、その明くる年に英樹さんを出産。「嫁いで見るとこの家は、天井から薬草の入った油紙の袋が一杯吊り下がっとって『きったないな』言うてみなほかしてもうたわ」。トミエさんが懐かし気に大笑い。

敗戦は日本人の価値観を、悉く豹変させた。漢方一筋を歩んだ田中家の歴史も、最新の薬学を学んだトミエさんの前では、どれもこれも時代遅れの産物にしか過ぎなかった。トミエさんは早速店を現代風に改装。入り口に掲げられた漢方薬製造元の金看板は、見事に取り払われた。「廊下の渡し板代わりに丁度ええし、風呂の焚き付けにつこたった」。

英樹さんは、昭和薬科大を経て国家資格を取得し帰省。二十七歳で嫁を迎え、家業の行く末を思案した。同時に対処療法中心の近代医学に限界を感じ、京都に出向き漢方の権威、渡邊武薬学博士の門を叩いた。「漢方には終わりがない。学ぶことは無限大やで」。以来二十二年(平成十五年六月十七日時点)、漢方に恋した男は、月一回の師との逢瀬を未だ待ち侘びる。

余以徳斉二百三十年(平成十五年六月十七日時点)の歴史の中で、激変に塗れた昭和の半ば。店の生き残りを賭け、漢方を追いやるしかなかった空白の時間は、英樹さんの誕生で埋め合わされた。

「ご立派な跡取りで」と水を向けたら「はい。日本一の孝行者(もん)ですわ」と、トミエさんがにっこりと母の顔を覗かせた。

「薬剤師が患者と向き合わず、処方薬を売るだけでは・・・」。別れ際そう呟いた平成の薬師の言葉に、妙に心が揺さぶられたものだ。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 53」」への11件のフィードバック

  1. おはようございます。

    薬師さんのお話ですね。

    ・トミエさんと英樹さんも資格を、取る為にお勉強したのですね。

    ・トミエさん 後継ぎさんが、出来て良かったですね。

    ・私は、薬剤師さんが薬を売るだけでは駄目だと思います。患者さんに向き合って欲しいです。

    ・お店の写真を、見ていると気軽に入りやすいお店ですね。

    ・薬を煎じる道具,ベージュ色の壺
    ,薬の材料が、見れて良かったです。

    ・漢方薬一筋の薬局良いですね。

    ・漢方薬の材料を、見るだけでも良いですね。

    ・私は、薬の事で分からない事があったら薬剤師さんか登録販売者さんに、聞きます。

    ・私は、西洋薬も漢方薬両方必要だと思います。 漢方薬も副作用有るのです。

    ・私も西洋薬と漢方薬両方飲んでいます。喉が痛くなったらツムラの漢方薬138番 桔梗湯を、飲みます。
    冬の時期は、ツムラの漢方薬38番 (しもやけ,冷え症に効果があります。)を、飲みます。
    今は、ツムラの漢方薬26番 桂枝加竜骨牡蠣湯(精神不安,不眠症等に効果が有ります。)を、飲んでいます。

  2. 漢方薬屋さんは、お店に入る前から独特の臭い。
    でも、嫌いじゃなかったなぁʕ•ٹ•ʔ

    1. そうですよねぇ。カレー屋さんみたいな。
      って、カレーだって立派な薬膳ですものね。

  3. 昨日は風が強くて寒かったのでカレーにしました。あったまりましたよ。
    で、いつものように今日はカツにして
    カツカレ〜です。
    今日の残り物クッキングは何かなぁ〜?
    楽しみにしています。

    1. お楽しみにお待ちいただき、感謝しています!
      さあ今夜の残り物クッキングは、お口に合うでしょうか?

  4. トミエさん いいですね〜
    ブログ前半 笑って読みましたよ( ◠‿◠ )
    小さい頃は こういう昔ながらの薬局によく行ってたけど ドラッグストアが出来てからは なかなか…。
    でも 見かける度に気にはなってました。今度 自分にあった優しい漢方薬を処方してもらおうかな⁈

  5. 漢方薬と言えば
    韓国旅行へ行った時に漢方薬専用市場で腰痛の漢方薬を処方した事がありますが
    値段が高いのなんのって三ヶ月分でウン十萬しました。
    その漢方薬は液体で黒くってドロっとしてました。
    味は子供の頃に風邪ひくと液体の飲み薬を想像して下さい。
    あれのもっとクセのある味です。
    飲み続ければ効果も出て来るんでしょうが、値段が高価過ぎて
    結局、腰痛は・・・⤵
    まぁ~いい経験でしたねぇ!
    毛根再生漢方薬があれば良いのにぃ~⤴

    1. そんなに高い物なんですか!
      韓ドラの時代劇によく出てきますよねぇ。
      王室専用の薬剤とか!

  6. 私も10年くらい前 韓国で 「更年期には高麗人参が 効くよ!」と 言われ買って来ましたが、続きませんでした
    ほんと 高いですよね~ (`ヘ´)
    私は顆粒でしたが、どうしてあんなに高いのかしら ?

    私のかかりつけ医は 先代から積極的に漢方を処方されていたそうです。
    どれが合うか 色々試してみましたが、どれも違う苦さ(○_○)マズ〰️イ!!

    昔 薬局の前には ゾウやカエルの人形 ありましたよね~

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