今日の「天職人」は、愛知県弥富町の、「瓦師」。
籠を逃げ出た 白文鳥は いぶし瓦の 甍の波に 呑まれて消えた 前ヶ須(まえがす)の宿 筏川から おみよし松へ 下駄を鳴らして 童が駆ける 甍に消えた 鳥の名を呼び
愛知県弥富町で孫子三代に渡り三州いぶし瓦の瓦師を続ける、瓦栄(かわらえい)商店、三代目瓦師山田篤さんを訪ねた。
三州いぶし瓦の瓦師は、神社仏閣の甍を葺けるまでに十五年の修業を要する。瓦師の仕事は、大工が建て上げた屋根を採寸し、いぶし瓦の割り付けを描き出すことに始まる。

瓦は下から上へ、縦に一列ずつ右から左へと葺いてゆく。瓦と屋根の結合部は、山の赤土と畑の土とが絶妙に絡み合った「泥コン」と呼ばれる粘土である。三角形の瓦鏝で塗り込み瓦を葺く。以前まではこれが主流だった。ところが阪神淡路大震災以降、強度の問題が問われ、泥コンに瓦釘を合わせ打つ工法が採用された。新建材の屋根工法では、泥コンを使わない。「ほんでも泥コン塗ったると、保温と断熱にええんだわ」と、篤さんは先達瓦師たちの智慧を讃えた。

一端の瓦師と呼ばれるには、一日七~八百枚が葺けなければならない。修業十五年は、決して伊達や酔狂ではない。ましてや一見同じに見える瓦でも、一枚一枚反りも違えば微妙な曲がりもある。そしてそれは、土台屋根自体にも言える。たとえわずかな誤差であっても、一屋根に何万枚も葺く、大きな仏閣ともなれば、最後には取り返しの付かない誤差が生じる。瓦師は屋根の上で瓦の癖を瞬時に見抜き、勘を頼りに微妙な調整を繰り返す。
そう考えると瓦師とは、まさに誤魔化しの達人であると同時に、鈍色に輝く甍の美しさを描き出す、屋根の上の細工師でもある。
しかし移ろう時代と共に、この地方独特のいぶし瓦の屋根も、新建材に圧される憂き目に。
「親父がきっちり仕事しとったで、五十年経ってもだっても全然傷んどれへんで、葺きかえてまえんでかんて!でもやっぱり、親父みたいなええ仕事せんとかん」。尾張の瓦師が、真っ黒な日焼け顔で笑って見せた。
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おはようございます。瓦師さんの歌ですね。(瓦の写真)瓦の細かいデザインは、型が有るのか手彫りか分かりませんが綺麗ですね。すごいですね。
山田さん修行が大変だったのですね。
瓦も材料が色々(軽い素材,昔から有る材料 土)有りますね。
瓦師さん誤魔化の達人でも有るが細工師ですね。
瓦にも個性が、有るのですね。みんな同じ形ではないのですね。
美濃 うだつの街 瓦が、有名ですね。
一般の屋根瓦を葺くだけでも 凄いなぁ〜って感心してしまうのに 神社仏閣の甍を葺くなんて 想像を絶してしまいます。
思わず目眩がしそう(笑)
ここでも やっぱりちゃんと引き継がれてるんですね!
「親父がきっちり仕事しとったで…。親父みたいな ええ仕事せんとかん。」
丁寧なお仕事を ちゃんと見てるんですよね。どちらも尊敬してしまいます( ◠‿◠ )
職人さんならではの世界観ってぇのがあって、それがとっても粋なんですよねぇ。
まるで江戸前の落語の様で!
今、この時代、瓦の需要も少なくなって来ているんでしょうねぇ!
先日、我が家では畳が十数年経って表面が「ボソボソ」になって、
セーターなどに畳のカスが付くようになって来たんで
清水の舞台から飛び降りたつもりで、馴染みの工務店さんに話をした所
こんな事を言われました。
「今の時代、瓦屋さんと畳屋さんの跡取りが居ないもんだから
廃業する業者さんが増えて来てます、と!
畳などは中国製の「イグサ」でお客様にはあまりお勧めはしません
そうかといって国産のイグサではコストが高く付いて、
少し金額を足してフローリングに変えられる方が多いそうです」
古き良き時代の波は段々遠のいて行くんですねぇ!
とまぁ~!今日は無難にまとめてみました。
あら、あまりに無難過ぎて、御人違いかと!
でもやっぱり昭和人にゃあ、イグサの匂いは捨てがたいですよねぇ。