「天職一芸~あの日のPoem 23」

今日の「天職人」は、岐阜県平田町の、「女板長」。

揖斐川の 流れを染める 山茜             養老おろし 秋も暮れ行く               油揚げは 千代保詣での 縁結び            稲荷の耳に 恋し名を呼ぶ

岐阜県平田町で文政年間(1818~1830)創業の川魚料理八穂長(やほちょう)、六代目板長の吉田有子(ともこ)さんを訪ねた。

日本三大稲荷の一つ「お千代保さん」の門前。稲荷の耳を模し、荒縄を通した三角の油揚げと蝋燭を、参拝者が買い求める。

有子さんは昭和17(1942)年、十七歳の年に八穂長を営む吉田家の養女として迎え入れられた。忌まわしい戦争の真っ只中だ。「この家に貰われてすぐ、挺身隊で落下傘作っとったんだわ。飯なんてあんたぁ、ブリキの皿に蒸かし芋たつたの二切れ」。有子さんは、懐かしそうに笑い飛ばした。

昭和も30年代に入ると、昔ながらの平穏な輪中の暮らしが戻った。「当時はまんだ竹鼻線の大須駅からバスが通っとってな。バスが一台着くと五~六人。みんな油揚げ買ってお参り済ませ、帰りに鯰を食べに寄ってかすんだわ。皆ゆうたんか(のんびり)やったわ」。

有子さんが四十になった年に「暖簾だけは頼むで。門前の灯を消すでないぞ」と、義母はそれだけを言い遺し逝った。江戸時代から続く暖簾の重さを感じたと言う。

有子さんは毎日、庖丁に全体重を掛け鯰を捌く。女手には過酷な重労働だ。右肩だけ筋肉が盛り上がり、手首は腱鞘炎の手術も受けた。

鯰の蒲焼は、何と言っても三年以上寝かせた、秘伝の溜まり醤油に尽きると言う。百九十年前から頑なに受け継がれた真っ黒なタレが、炭火の熾りに滴りジュッと音を立て爆ぜた。

跡取りはと問うと、「気が付いた時には婚期もとっくに遅れてまっとったで、まあお陀仏こいたらそれまでだわさ」と、下呂膏を貼った右の手首を擦った。

「大きい夢見たらかん。正直にコツコツやつとりゃあ、お千代保さんはちゃあんと見とって下さるで」。お千代保稲荷の門前を行き交う参拝客を、目を細めながら眺めていた女板長の顔が、今でも浮かんでくるようです。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 23」」への13件のフィードバック

  1. おはようございます。女板長さんのお話ですね。板場さんの修行が大変だったのですね。(腱鞘炎の手術をしたりして苦労しているのですね。)

    「大きい夢見たらかん。正直にコツコツやつとりゃあ、お千代保さんはちゃあんと見とって下さるで」その通りですね。仰る通りですね。
    私 泣いてしまいました。 実は私は、2/8(土)から 気持ちが落ち込んでいます。少しずつ元気になっています。

    鯰さんの料理美味しそうですね。

    女性の板場さん少ないですね。男性の板場さんが多いですね。

    1. 頑張れば頑張った分だけ、どこかで何かの形できっと報われるものです。
      少なくともそう信じていないと、この世に圧し潰されちゃいますからね。

      1. okadaminoruさんへ
        お返事有難うございます。私 仕事頑張ります。
        少し元気になりました。
        頑張った分だけ報われますね。誰かが見ていますね。そう信じます。

  2. このブログで披露される女性の職人さん達は 伝統を引き継いで守っていく…という運命の中 皆さん本当に輝いてますよね!
    平穏無事の毎日ではなかったでしょうが選ばれし者だからこそが為せる技のような気がします。
    しっかり地に足が付いてて 肝が据わってて 明るくて…
    読むたびにパワーを頂いてます( ◠‿◠ )
    私もそうありたい。

    1. 皆さん、前向きな方ばかりだったのが、とても印象的だったものです。
      腹の底から捻り出した様な言葉は、自ずと説得力が違う気がします。

  3. 日々の目まぐるしい生活の中で、つい我を見失いそうになった時、オカダさんのブログを見させて頂くと心が穏やかになります。
    オカダさんの物の捉え方が、純真で前向きな生き方が伝わって来るからです。
    オカダさんの曲♪にも癒やされています
    (*^▽^)/★*☆♪
    どこのお店に行ってもマスクが売り切れで、新型コロナウイルスが心配されますが、オカダさんもお身体を大切になさって、ファンの為にブログを発信して下さいね!
    初詣に「お千代保さん」に行ったことがありますが、ものすごい人でただただ前へ進むのみでした
    (^_^;)
    そこで鯰を家族で食べました★秘伝のタレがたっぷりついていて、とても美味しかったです(^_^)

    1. そんな風にぼくの拙いブログをご覧いただけ、とても嬉しいです。
      これからも無器用ながらも、少年のような老人を目標に、直向きに生きてゆこうと思います。
      お千代保さんって、庶民的で昭和チックで、ぼくも好きなポイントです。

  4. 私もお千保さんへは、よく行きますよ。
    お揚げさんを買ってお詣りします。
    今は、鯰はあまり食べませんが、若い頃はよく食べていました。
    女性が仕事を持って生きて行くと言う事は、一苦労も二苦労もあるものです。
    でもやっぱりやってきた事が、良い事も悪い事も残ってくるでしょうね。

  5. オカダさんこんにちは(^-^)/
    お千代保稲荷の月末は商売繁盛で朝まで賑やかにやっているので父が元気な頃に昔良く夜にお千代保稲荷に参拝に油揚げとロウソクがセットで買って参拝賑やか行ったもんです。 それで父の楽しみは串カツ(玉家)食べてビールでぎゅーと飲むのが楽しみでね。必ず月末には良く行っていましたよ。今父が亡くなってから月末に行くとはないけどたまにお千代保稲荷に参拝して串カツ食べて芋にいちゃんの所に寄って大学芋買って帰りますよ。私は鰻は好きだけど鯰好きじゃないので食べた事ないです(^-^)

    1. お父様との思い出の地、それがお千代保さんなんですねぇ。
      またお詣りに行かれると、きっとお父様もももかさんとご一緒に、お詣りをされていることでしょう。

  6. オカダさんありがとうございます(^-^)
    嬉しい言葉父も喜んでいると思いますよ。
    オカダさん話が変わりますが私の近所でギターを作ってお店がありますよ(*^ー^)ノ♪

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