飛騨市の「広報ひだ」12月号「飛騨びと 言の葉綴り」が掲載されました。
「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらのP20kotonohaのコピー(city.hida.gifu.jp)
残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も柿下 剛さん(神岡町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。
新たなシリーズ「昭和Nostalgia」が始まりました。懐かしくって恋しい「昭和」の懐かしい商品や、当時の事象など、勝手気ままに記憶をたどりながら綴ってまいります。
まずはぼくの新曲、「飛騨びと達の、SOYAな SOYAさ」、ぜひ今日もお聴きください!
甚だ勝手な㊗飛騨市制20周年記念song「飛騨びと達の、SOYAな SOYAさ」をyoutubeにアップしました~っ!記念ムードで盛り上がる、飛騨市の雰囲気を歌い上げま~す!
今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!
写真は参考
昭和半ばを語るには、やっぱりダッコちゃんブームを外すわけにゃあ参りません。
写真は参考
って言っても、ぼくが本物を目にしたのは、確かお向かいに住んでいたサッチャン家!
サッチャンのお姉ちゃんの勉強机の片隅で、空気が少し抜けて萎んでいる、ちょっと埃を被ったようなダッコちゃんを目にしたのが最初だったと記憶しております。
当然ながらわが家は、男坊主一人の家でしたので、わが家では買ってもらえなかったように思います。
それもそのはず、ダッコちゃんの発売は昭和35年とありますから、ぼくはまだ3つ。
とてもダッコちゃんに関心を寄せるような歳でもなかったはずです。
写真は参考
しかし全国に席巻したダッコちゃんブームも、1~2年で鎮静化したそうです。
その後は本物のダッコちゃんを真似た、粗悪な模造品も多数出現したとか。
ですから、サッチャン家のお姉ちゃんのダッコちゃんに、初めてお目に掛ったのは、ブームがとっくに過ぎた5~6年後の話じゃなかったでしょうかねぇ。
ぼくからすると、ダッコちゃんブームの頃に現役だったのは、お姉ちゃんたちの世代だったように思えます。
だからお姉ちゃんのいなかったわが家には、無用の長物だったのかも知れません。
このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。