今日の「天職人」は、三重県伊勢市大湊の「火造り和釘鍛冶」。(平成23年2月19日毎日新聞掲載)
カンカンカンと鍛冶場から 規則正しい鎚の音 お父が背中丸うして 小さな和釘叩き出す 赤めた鉄が飴のよに 小鎚一つで七変化 目鎹階折蝗釘 打出の小鎚和釘鍛冶
三重県伊勢市大湊、昭和初期創業の久住商店。三代目火造り和釘鍛冶の久住勇さんを訪ねた。

『『吊るくす折れ釘はないか?』とか、『鴨居の反り留めに使う目鎹ないか』って、宮大工があれやこれやゆうてくんのやさ。無いゆうのんも癪やで、ついつい勘考してもうてな。せやでいったい何種類の和釘を拵えたかなんて、とんとわからしませんに」。勇さんは、火床で赤めた鉄の番線をヤットコの先に挟んだ。
そして金床の台座に宛がうと、小鎚一本を振り下ろし、あっと言う間に起用に巻き頭釘を打ち出す。

「この巻き頭いうのんは、雨戸用やさ」。
金鎚で打ち込む頭が、巻き寿司のようにクルクルと丸められている。
長さ約13ミリ、頭の幅約7ミリ足らずの和釘が、たったの小鎚一本で、ものの数10秒で打ち出される。
「1日で1000本はやれやんと、とても一人前とは言えやんのさ」。
勇さんは昭和17(1942)年、7人兄弟の末子として誕生。
中学を出ると、父と共に鍛冶場に座した。
「一番上の兄貴が跡継いどったんやけど、途中でやめてもうてな。最初のうちは、火床へくべたるコークス割り専門やさ」。
相手が小さな和釘ゆえ、大きなコークスでは火力が上がりすぎるからだ。
「昔は電柱を引っ張る梁とか、筏から真珠貝吊るす、もう錆びてあかんようになった鉄線集めて来て、火床で赤めて釘にしよったもんやさ」。

和釘の種類は数多ある。
板と板を横に合わせる「合釘」。

これは長さ約1.5センチで、両端を尖らせたものだ。
垣根に用いる「階折」は、長さ約2センチ、頭がL字型に曲げられている。

何とも親しみが湧く名前の「蝗釘」。

これはコの字型の針先を、2本ともL字に叩き出して曲げたもので、吊天井に用いられる。
また釘の長さが約30センチと、やたら大きな「瓦釘」。

寺院などの鬼瓦止めで、頭が鍬のように幅広い。
床の間の掛け軸用は「二重折れ」。

これは針先がJ字状に直角に二度折り曲げられたものだ。
一方L字状に直角に一度折り曲げた物は、名札を掛ける「折れ釘」。

さらに和船用の落とし釘と呼ぶ平釘や角釘。
「いずれも洋釘とちごて、打ち込む針が丸やなしに、みな角やでどれもはってき(入って行き)にくいけど、その代わりに抜けぬ(に)くい。せやで錆びれば錆びるほど、材に食らいついて行きよる」。

和釘に釘抜きは無い。
だから宮大工は、己が金鎚一振りに神経を集中させる。
昭和49年、近在から久代さんを嫁に迎え、一男一女を授かった。
「鞴を足踏みして火床に火熾し、土べたに埋めた金床目掛け、しゃごんで(しゃがんだ)まんま一日中、小鎚振り下ろすきっつい仕事やさ」。
和釘鍛冶職人は、半世紀に渡り和釘1本で、日本の伝統建築と家族を支え抜いた。
「他所へ勤めに出とった倅も、帰って来てくたんやさ」。

四代目の誠さんの手付きを眺め、勇さんは微笑んだ。
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