「風呂上がりの天花粉」

「はいっ、バンザーイして、次は回れ右!そしてもう一度、回れ右。続いて両脚を広げて!」。
これは何も、ラジオ体操などでは無い。
それが証拠に母の手には、天花粉の缶とパフ。
小さなぼくは、一糸纏わぬスッポンポン。
それは汗っかきのぼくにとっての、真夏の夜の風呂上がりの恒例行事でもあった。
首の周りと脇の下、おまけに股の付け根から、一物の先っちょを母がヒョイっと指で摘まみ上げ、その裏側からお尻の谷間まで、餅取り粉に塗れた大福餅のように真っ白けになったもの。

でも天花粉塗れにされると、不思議な事に汗がスーッと引き、心なしか涼やかになった気がした。
そんなある日の事。
法事か何かで、従弟妹たちが叔父叔母に連れられ、泊まりにやって来た。
名ばかりの法事をささっと片付けると、宵の口からもう大人たちは大宴会で大盛り上がり。

ぼくは従弟妹と縁側で花火をやったり、縁側に並んで腰掛け、スイカを頬張り種の飛ばし合いに興じたもの。

「そろそろ子どもたちだけで、お風呂入りなさいよ!」と、頬をほんのり赤らめた母が顔を覗かせ、余所行きの言葉でそう告げた。
どうせ大人たちは、ドンチャン騒ぎの真っ最中。
「こうなりゃあ、子ども同士風呂場で水遊びだ!」ってなもんで、鬼の目を掻い潜り、水掛けっこならぬお湯掛けっこから、素潜り大会に水鉄砲と、バッシャバシャ。
「そろそろお風呂あがって、天花粉つけときなさいよ」と、これまたいつもとは違う、余所行き言葉の母の声。
それを潮目にお風呂から上がり、ぼくがいつも母に体を拭いてもらうように、小さな従弟妹たちの体を拭いてやる。
そして母の口癖を真似、天花粉の缶の蓋を開け、パフに一杯天花粉を付けながら、「はいっ、バンザーイして、次は回れ右!そしてもう一度、回れ右。続いて両脚を広げて!」と、お兄ちゃん気分でやりたい放題。
方や従弟妹の弟も妹も、お遊び気分でキャッキャキャッキャ。
仕舞にゃあ、小さな脱衣場が湯煙ならぬ、天花粉煙で霧の摩周湖状態。

そこへもって今度は、弟や妹が天花粉叩きを「お兄ちゃん、やらせて、やらせて!」と泣き出したから、これまた大騒動。
ならばとパフを手渡すと、弟と妹がパフを奪い合い、天花粉をぼくの体に叩きからかすではないか!
ついに脱衣場は、ロマンチックな霧の摩周湖どころか、視界ゼロに等しいくらいの、ホワイトアウトだ。
「ウワッ!何をやっとるの、あんたら!」。
いきなり脱衣場の引き戸が開いた。
天花粉の霞み脱衣場の外へと急激に流れ出し、視界が朧げになった。
すると赤ら顔で仁王立ちの、母と叔母の顔が現れた。

「調子に乗って天花粉叩き過ぎやわ!3人とも全身、真っ白けやないの!」と、余所余所しかった余所行き言葉はどこへやら。
いつもの鬼のような、母の言葉遣いに戻っているではないか!
「二人とも調子こいて!尻だしな!100叩きや!」と、母より凄い形相の叔母の顔。
二頭の赤鬼の怒りを露にした目に射竦められ、ぼくら三人はたじたじ。
さっきまでの、天下無敵の愉しさも何処へやら。
一糸纏わぬ真っ白けの肌かん坊で、小さくなったまま唯々項垂れるだけであった。
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