「でんでん虫ってエスカルゴ?」

♪でんでん虫々 かたつむり お前の頭は どこにある 角だせ槍だせ 頭だせ♪
紫陽花の街路樹が色を染め、雨音が傘を打つ。

ちょうど幼稚園の脇の歩道を歩いていると、懐かしい童謡「かたつむり」をオルガンに合わせて歌う、園児たちの声が聴こえて来た。
この歌を聴くとついつい思い出してしまう。
「フランス料理のレストランで、お父様とお母様と一緒に、エスカルゴってお料理の、カタツムリ食べたの。ねぇ、あなたも食べた事ある?とっても美味しいわよ!」。
お父さんの転勤とかで、ぼくらが暮らすとんでもない下町に、とても不釣り合いで場違いな、お嬢様が転校してきた事があった。
わが家のご近所の、口さがないオバちゃんたちは、「あら、宮様のお通りよ!」なぁんて、茶化し立てていたものだ。
「ええっ?フランスじゃあ、あのナメクジみたいなカタツムリなんて食うんかよ!」。
そもそもフランスなんて国が、一体全体この地球上の何処にあるのかさえ、まったくもってチンプンカンプンな小学2年のぼくは、不思議でならなかったものだ。
方やお嬢様と来た日にゃあ、ナメクジの方が分からないようで、話がちっとも嚙み合わない。

恐らく紫陽花の葉を這うカタツムリも、地べたをニュルニュルと這うナメクジだって、本物を実際にその目で見た事なんてなかったことだろう。
すると近所でも神童と称されるマー君が、「ぼくも何かの本で読んだことがあるけど、あのお嬢が言ったみたいに、ヨーロッパじゃあ好んでカタツムリを食べるらしいよ。どんな味がするのか、ちょっと興味があるよな」と、謎かけるではないか。
するとお調子こきのサッちゃんが、黙っちゃいない!
「じゃあ、おいらがカタツムリ取って来るから、ガード下のオッチャンに焼いてもらって、皆で味見しよーぜ!」と、話はトントン拍子。
サッちゃんは、あっと言う間に、大きなカタツムリを洗面器に集めて来た。

「どんな味がするんやろう?」と、みんな食したことなどない、フランスとやらの遠い国の名物料理に興味津々。
皆で意気揚々と、ガードしたのオッチャンを訪ねた。

「あかん!坊んたらあ!こんなもん食うてみい、直ぐに腹壊してまって大騒ぎやぞ!確かに、フランスじゃあ、カタツムリをバター焼きにして食べるけど、カタツムリの種族が違う。このカタツムリには、寄生虫って厄介なもんが宿っとるかも知れんで、食うなんてもっての他や!紫陽花の葉の所へ、返してきてやりい」と、毛むくじゃらのオッチャン。
ぼくらは意気消沈でトボトボと帰ったものだ。
ガード下を塒にしていたあのオッチャン。
ぼくらは何故だか、あの毛むくじゃらでターザンみたいな、博学なオッチャンが好きだった。
当時は昭和も半ば。
終戦からまだ、たった21年しか経っていなかったのだから、もしかしたら戦時中は立派な将校さんであったかも知れないし、世が世であれば、外交官だったのかも知れないと、今も不思議でならぬ。
しかしあの博学なオッチャンの人生は、あの忌まわしい先の戦争によって、何もかもが根こそぎ狂わされてしまったのかも知れない。
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