「素描漫遊譚」
「やめてくれよ、キャサリン!」。
「何よザビエル、今さら」。
「た、たのむ。お、俺が悪かった、助けてくれ!」。
「何さっきから芝居じみてんのよ」。
「じゃあ君は、もうどうあっても許してくれないと?」。
「何バカな事言ってんのよ。単なるお遊びじゃない。こんな枕投げごっこで、許すも許さないもないじゃない」。
「あっ痛っ!待ってくれよ、今度はマリアからの一撃かよ」。
おっと失礼。
三文芝居は程々に、まずはこの状況を説明しておこう。
これは名古屋市千種区池下にある、家庭料理「でんでん」の店に集う仲間達で出かけた、お泊り旅行での枕投げの一コマ。

「場所柄、単身赴任のお客さんが多くって、皆何時の間にか家族未満、友達以上の関係に」。
この店のママ・柴田明美さん(55)は、開店前の掃除の手を止めた。
「誰が言うとも無く、今度の旅行は何処へ行こうって、いつもそんな調子で常連さんと皆で温泉ツアーに出掛けたりするのよ。いつも宴会の後は、決って修学旅行さながらに、いい年したオヤジとオバサンが枕投げに熱中」。
カウンターの中で揚げ物の傍ら、もう一人のママ・岡田早苗さん(50)が、大きな思い出し笑いを一つ。
二人のママは、実の姉妹。
子供の頃から「いつか二人でお店をやりたいネ」と夢を膨らませた。
少女から大人へ。
やがて姉妹は恋に落ち、別々の家庭を築き、それぞれの人生へと漕ぎ出した。
子育ても一段落した95年、幼い日の夢がこの店で結実。
「ズブの素人主婦が、銀行に融資の相談したら『えっ、調理師免許も無く、どこかの店で修業したこともないって・・・店なんて本当にやれるんか!』って、鼻も引っ掻けてもらえない始末」。

「そうよマリアちゃん、私ら主婦歴なら負けないのにね」と、妹の早苗さん。
この店には、誰が決めた訳でもないが、厳格な不文律が存在する。
店に一歩入った瞬間から、立派な会社の社長であろうがなかろうが、会社のでかさも肩書きだって糞の蓋にもならない。
互いに氏素性も年齢も明かさず、名主のような常連によって即座に渾名が申し渡される。
好むと好まざるとに関わらず、有難いその渾名を心底愛し拝命せねばならない。
ちなみに姉の明美ママは「マリア」。
妹が「サナちゃん」。
冒頭の「キャサリン」は、いつも和服姿の書道家。
少し人より頭の薄い「ザビエル」さん。
そんな哀愁漂う客の中には、自らを「キムタク」と呼んで憚らない男がいる。
林家三平似の明美ママのご亭主だ。
もちろん早苗ママの連れ合いも、「ナオパパ」の愛称で一座を盛り立てる。
「たまに常連さん同士が、仕事の途中、街中ですれ違ったりすると『やあ、ザビエルさん』『あれっ、アミーゴさん』なんて調子で、スーツ姿の怪しげなオッサンが挨拶してるんだから、周りの人はさぞ不思議だと思うよ」。
早苗ママが菜箸を振りながら笑った。
店名「でんでん」の由来は、柴田の田と、岡田の田を重ねた洒落心。
単身赴任が解けて東京に戻ったビジネス戦士達は、池下に負けじと東京でんでんを自主的に組織し、姉妹を東京に招き、隅田川の花火を肴に一杯とか。
夜な夜な単身赴任の呑ん兵衛虎が、遠く離れた家庭の味と一時の団欒を求めて訪れる。
「やっぱりこの店の大虎一番は、『あいちゃん』かな」。
早苗ママが焼酎のボトルを見つめながらつぶやいた。
あいちゃんとは、大層立派な会社のお偉いさんだとか。
「酔っ払って家に帰ったら、さっきまで着てたはずの下着からスーツまで、一枚も無いんだって。しかたないから元来た道を辿ってみると、玄関にパンツ、マンションの入口にシャツ、そして電信柱にズボンってな具合。でも良かったわよ、警察にお目玉喰らわなくって」。

明美ママが吹き出した。
「去年87歳で亡くなった私たちの父・タロウちゃんも、実の親子関係をひた隠し亡くなる前日までここで呑んでたわよ」。
今では母・京子ちゃん(80)が、亡き夫の指定席を暖める。
「母はこの頃少し呆けちゃってね。朝起きられないって寝込んでても、『今晩店においでよ』って誘ってやるの。すると夕方シャンシャンして店に現れるわけ。ちょっとお化粧して口紅注すだけで、たちまち女に戻っちゃうんだから」と、明美ママ。
誰にも平等に訪れる「老い」。
しかし、一塗りの口紅と、一杯の酒があれば、人は忽ち5年も10年も若返る。
ガラガラガラ、建付けの悪い引き戸が開いた。

「おお、寒う~っ。まずは熱燗1本!」。
さあ「でんでん」の開店だ。
春まだ早い寒空の下、凍えそうな心に人肌の温もりを求め、今宵も疲れ果てた呑ん兵衛虎が、ヨタヨタと一人また一人と集い始める。
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