「素描漫遊譚」
「こいの池のイブニング」
日没が近付くと気温が急激に落ち、さっきまで傍若無人に池を渡って吹きすさんでいた風が一瞬凪ぐ。
グローバルループ中央の「こいの池」。
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開園から各パビリオンを分刻みで駆け巡っていた家族連れの表情にも、自らに科した万博スケジュールの大半を消化し得た安堵感が浮かぶ。
人が人らしく、一番安らいだ表情を浮かべる一瞬かも知れない。
後は家族で夕餉を囲み、眠い目を擦りながら烏の行水を終えさえすれば、ふかふかの布団に包まって春眠暁を覚えずを決め込むだけ。
「ちょっと待ったあ!」。
そうは問屋も卸さぬのが、愛・地球博なのだ。
いや!この「こいの池のイブニング」だ!
池の辺の段飾りのような桟敷では、早くも思い思いに弁当やテイクアウェーの華が咲く。
ぼくも負けじと、池の辺の売店で長さ30㌢もありそうな、ジャンボ味噌カツを肴にスーパードライを傾けた。
「どっかで見た懐かしい光景じゃない?」。
池の水面に零れる光と、照明の薄化粧に、はにかむ森の木々。
確かに残された自然も、「こいの池のイブニング」を彩る舞台装置の一つなのだろう。
「間も無く開演です。『これは一体なに?』って、そんな不思議な感覚を持ち帰ってもらえることを願っています」。
ぼくの周りに纏わりつく、柔らかでちょっと澄み通った早春の風のような、そんな透明感のある声がささやきかけた。
声の主は、イタリア・ミラノ在住の荒川いづみさん(42)だ。
ここの制作を統括するイタリア・ミラノのチェンジ・パフォーミング・アーツ社(CPA社)で、世界各国のスタッフを手玉に取り、開演準備の進行管理に携わった。
荒川さんは、新潟県新潟市出身。
小・中・高を地元で過ごし、東京の大学へ。
「両親が厳しく、一人暮らしには大騒動」だったそうだ。
卒業後は、外国人アーティストの招聘を手掛けるプロダクションに勤務。
世界に冠たる素晴らしいアーティストを目の当たりにした。
「でもそれは全て完成された作品の披露だったわけで、作品を制作するプロセスに身を置いてみたいと欲求が募って」。
芸術の都、イタリアに渡りたい。
そんな想いに突き動かされた。
そして厳しい両親を納得させる為、奨学金を得て1989年にミラノの大学に留学。
「当時まだミラノの大学は人気も無く、倍率も低かったし、何より英語圏には魅力を感じられなくて」。
そしてCPA社を率いるボス「フランコ・ラエラ」氏と出逢い、そのままミラノをベースに世界を駆け巡る現在へと。
「2002年に調査の為の下見から、はや3年。スノーモンキーを中心とするショー自体は、会期中同じ作品を上演しますが、名脇役とも言える周りの森の木々は、春・夏・秋と3シーズンの自然な装いを、大地の力で表現してくれるはず」。
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頬を撫でる少しだけひんやりとした、小さな湖畔の風。
水面の舞台に繰り広げられた「こいの池のイブニング」が、幕を下ろすかのように、水面にたゆたう灯りが消えて行く。
目まぐるしく過ぎた現の今日を、恋人同士で、或いは家族で振り返るには、何とも「モッテコイ」の素敵な場所だ。
「どうぞお元気で!明日のフライトでまたミラノに戻ります」。
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風の精のような澄み切った声を残し、荒川さんは闇に包まれようとする「こいの池」を見つめた。
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