みなみ子宝温泉駅界隈「昼の御座~五十円温泉で一つ風呂」
「まだ信号青だし、もう一っ風呂浴びれるって!」。

兄妹だろうか。
兄は妹の手を引き、受付で手の甲に押してある、再入浴スタンプを見せ浴場へと向う。
ここはみなみ子宝温泉駅。
駅のホームであると同時に、日帰り温浴施設「日本まん真ん中温泉 子宝の湯」の休憩・飲食コーナーへと続く出入り口でもある。

施設内から駅のホームを見れば、出入り口の上に、一目で目に付く縦型の信号機が、二機設置されている。
一機は北濃方面、もう一機は美濃太田方面と表示され、上から赤・黄・青の三色が並ぶ。
「列車が到着する30分前が青色、15分前になると黄色に。そして5分前になると赤色が、自動で点灯するように設定されてます」。
この施設で勤務する高橋和義さん(38)が、北濃方面の信号機を指差した。
「でもたまに『信号が赤に変わってから、もう10分以上も待っとるけど、電車何でこんのや』って、お客さんに怒られることもあります。まあ、よっぽどの事故とかの場合は、その旨鉄道会社から遅延の連絡が入りますが、少々の遅れくらいやったら、わざわざ連絡もありませんし。それにこの信号機は、鉄道会社の物ではなくって、うちの施設が鉄道利用のお客様用に設置したもの。だから通常の運行ダイヤに合わせて、事前にタイマーをセットしただけやし、少々列車の運行が遅れても、この信号機は定刻で点灯してしまうんです」。
しかし中々のアイデアだ。
誰の発想かと問うた。
すると、駅舎と温泉が一体となった駅が群馬に1駅と、九州に1駅あったとかで、この信号機は九州の温浴施設から拝借したアイデアとのこと。
とことろで子宝温泉の名は、子安神社の近くに沸き出でた温泉からの命名とか。
勝原子安神社は、古くから子授け、安産の守り神として、近在の民の信仰心を集めたという。
長良川右岸を北上する下り列車は、八坂駅を越え勝原橋の手前で長良川を渡り、わずかに広がる左岸の田園を抜け、みなみ子宝温泉駅へと滑り込む。

前方の扉だけが開き、デイパックを背負った仲睦まじい老夫婦が、無人駅のホームへと降り立った。
ところが何やら手元の紙片を眺め、所在なさげにどうしたものかと戸惑っている。
「今運転手さんから、降車証明書と書かれた切符のようなんを貰ったんやけど、これどうすりゃええんやろ?」。

「あっ、それでしたら、入湯税の50円ポッキリでご入泉いただけますに。普通やったら大人お一人で500円やけど、その降車証明書さえあれば、なんと450円もお値打ちになります」(*12歳未満の子どもは、入湯税が非課税のため、降車証明書があれば、通常250円の利用料が全て無料)
老夫婦は嬉しそうに見詰めあい、子宝の湯へと続く暖簾を潜った。
それにしても入泉料が、9割り引きとは聞き捨てならぬ。
「平成14年の4月にここがオープンした時から、金曜日の定休日以外なら、土日祝日平日を問わず、長良川鉄道を利用して入泉される方でしたら、どなたにでもこの9割り引きの料金が適用されるんやて。この駅で列車を降りる時に、運転手さんに『子宝の湯へ行きます』とでも言っていただければ、降車証明書が発行してもらえますから、それを受付にご提示いただくだけで結構です」。
ってことは、「値引きされた450円は、長良川鉄道が負担?」と、素朴な疑問が湧き出でた。
するとその疑問を察知したのか・・・
「オープン当初、ここはまだ郡上市と市町村合併する前やって。当時の美並村村長と長良川鉄道との話し合いで、鉄道利用者向けのサービスとしてこの割引が決定したようです。だから郡上市に編入された今でも、当時のまま継続されてまして。でも割引分の450円は、長良川鉄道が負担しているわけやなく、子宝の湯が企業努力で割引しとるんやて」。
オープン当初からこの施設に勤務する、水口紀之さん(37)が傍らで笑った。
駅舎を兼ねた日帰り温浴施設「子宝の湯」は、やはり只者ではなかった。
長良川鉄道を利用し、ふらりとこの駅で下車し、50円ポッキリの入湯税さえ支払えば、その日のうちなら何回でも入泉が可能。
またちょいと小腹が空けば、円空うどんやそばに丼物で腹ごしらえ。
列車の時刻までの時間を持て余せば、休憩コーナーの座敷で昼寝を貪るもよし、特産品が居並ぶ土産物コーナーや、地元農家直売の朝市で、野菜や山菜、それに切花なんぞを品定めするもよし。
何とも嬉しい限りである。
「あのーっその降車証明書、せっかくですからご利用になりますか?」。
受付の女性が見かねたように、やさしく声をかけた。
そうだ!
せっかく長良川鉄道を利用して手にした降車証明書。
ぼくにも、50円ポッキリで入泉する立派な権利がある。
自動販売機でタオルと、貸し出し用バスタオルのチケットを購入し、いざ浴場へ。
その日の男湯は、正面向って左手。

男女の湯殿の違いは、露天にある檜風呂と釜風呂の違いだけで、毎週土曜日に男女の湯殿が入れ替わるそうだ。
特に周りを芝で囲まれた露天風呂からは、西に片知山が一望でき、澱みの無い緑一色の森が眺められ、すこぶるほどの開放感に浸れるからこれまた堪らない。
長良川鉄道ゆるり旅の一服には、これぞまさに打って付けの「昼の御座」なり。
子宝の湯/郡上市美並町大原 単純アルカリ温泉
*長良川鉄道利用の場合は、降車時に運転士から「降車証明書」の発給を受け、子宝の湯受付に提示。館内の休憩、飲食コーナーの利用は無料。
※文中の料金や「降車証明書」の白球については、いずれも2011.9.13時点の情報となります。
このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。