「昭和Nostalgia」(541)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

こんな吸盤だらけのボールで、遊ばれた事はありませんか?

ぼくも子どもの頃に、遊んだような気がします。

ぼくらはこの吸盤ボールを、確か「手裏剣ボール」とかって、呼んでいたような?

でもぼくが持っていたわけではなく、腕白仲間の誰かが持っていたような?

窓ガラス目掛けて投げつけると、ひっつくのが愉しくって、みんな夢中で遊んだ記憶があります。

写真は参考

ところが昭和半ばの、引き戸の窓ガラスは、薄っぺらなスリガラスで、今のような頑丈なサッシに組み込まれた分厚いガラス板ではないため、薄っぺらなガラスを割ってしまうこともしばしば。

そりゃあもうどれだけ叱られた事やら!

写真は参考

その後ぼくは、窓ガラス相手ではなく、タンス目掛けて借り物の「手裏剣ボール」を投げて、赤影ゴッコなんぞをしていたような?

遠い日の記憶は、霞むばかりでなりません!


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(540)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

小さな一口大の大きさで、鈴の形をしたカステラを召し上がった事はありませんか?

写真は参考

ぼくは子どもの頃に、頂き物だったのか、お母ちゃんが買って来たのかは不明ですが、この三重県津市発祥の「美鈴のかすていら」を美味しくいただいた事を今でも鮮明に覚えています。

或いは三重県出身のお父ちゃんが、同郷の懐かしさから買い求めた物だったでしょうか?

写真は参考

徳用袋に20個ほど入っていたでしょうか、ぼくは牛乳を飲みながらパクパクと口の中へと、次から次へと放り込んだものです。

一口食べきりサイズが丁度よくって、割とわが家の卓袱台の上の菓子鉢に入っていたような?

そんな懐かしい味をもう一度と、調べてみると三重県津市で昭和29(1954)に誕生したもののようで、以来半世紀以上に渡り、庶民に愛され続けた銘菓のようです。

しかし一説によれば、コロナの煽りを受け、令和2(2020)年に廃業されてしまったとか。

写真は参考

でも通販サイトでは、今なお販売されているようですから、どこかが事業を継承されたのやも知れませんですねぇ。

ぼくも懐かしみながら、今度は通販サイトで手に入れ、子どもの頃を懐かしむことといたします。


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(539)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

こんな大人びた、コーヒー味のキャンディー、その名も「ライオネスコーヒーキャンディー」ってご存知ですかぁ?

写真は参考

ぼくは子どもの頃と言うより、中学生になった頃だったか、そんな頃に初めて口にしたような気がします。

ところが、それが何処だったのか、誰と一緒に食べたのかが、これまた不鮮明過ぎて思い出せそうにありません。

ただし、インスタントコーヒーしか飲んだことなど無かったそんな時代に、ちょっと背伸びでもしたかのように、大人びた珈琲の仄かな香りと味をこっそり愉しんだ気がします。

写真は参考

それから後も、好んで買い求めるほどではなかったものの、いつまで経っても初めて口にしたあの日の感覚が未だに忘れられずにいました。

何でも販売開始は1964(昭和39)年、東京五輪の年だったとか。

当時の日本じゃあまだ、コーヒーは高価なもので、一部の人の嗜好品にとどまっていたようです。

そんな頃は当然ながら、コーヒーを使ったキャンディの前例などなく、商品開発は難航したんだとか。

キャンディに適した豆を厳選し、職人が手作業で焙煎し、技術者が長年の勘でキャンディに加工したそうです。

しかし東京五輪後の不況で、問屋は高価なライオネスキャンディーの取扱いに難色を示したそうです。

ならばと、社員総出で団地などで商品サンプルを配布。

徐々に評判も高まり、本格的な販売へと繋がって行ったようです。

今では、エスプレッソ味とカフェラテ味もあるようで、ぼくもどこかで見かけたら、昔を思い出して味わってみようかな、なぁ~んて思っています。


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(538)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

秋の遠足のお供のお菓子と言えば、こんな箱入りの小さく真ん丸なガムが、定番として君臨していたものでした。

写真は参考

ぼくも好きとか嫌いと言うわけではなく、いつもチョイスしておりました。

観光バスに乗り込んで、遠足の目的地に向かう車中、ただならぬ匂いが臨席から立ち込めて来たんです!

甘酸っぱいような、何とも言えぬくさいもので、誰かがこっそり遠足のお菓子に手を付けたんでしょうねぇ。

写真は参考

しかもよりによって、ただならぬくささの原因が「ノシイカ」だったから、周りはたまったものじゃありませんでした。

ぼくはあの独特な匂いにやられてしまい、未だに味付けのノシイカを食べられそうにありません。


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(537)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

こんな替え芯の鉛筆、ご存知ありませんか?

ぼくはこんなシャープペンシル擬きの鉛筆、確か「ロケット鉛筆」とかって、みんな呼んでいたような替え芯鉛筆を買ってもらったことがありました。

写真は参考

それは本物のシャープペンシルなんてぇ高価なものがもそう易々と買い与えてもらえなかった時代だったような?

写真は参考

芯の先が丸くなってしまうと、一番先っちょのロケットを外して、鉛筆のお尻から押し込むと、一番先っちょに突きつきの新しいロケットが押し出されると言う、極めて単純な仕組みのモノ。

写真は参考

しかしすっかり忘れ果ててしまっておりますが、使い込んで先っちょが丸くなった芯は、どうやって再び突きつきに尖らせたんでしょうかねぇ?

それとも丸くなったロケット芯は、それでお役御免ってなことに成り果てたんでしょうかねぇ?

謎は深まるばかりです!


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(536)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

秋晴れと田んぼの積み藁。ぼくにとっての幼い頃の原風景の一つです。

ぼくの家の方の田んぼには、家の形のような屋台型の積み藁でした。

写真は参考

でも円形状のモノや、地方によって種類も色々あるようですねぇ。

しかし今年は、「米」に右往左往させられ、主食としての「米」のありがたみを改めて考えさせられたものでした。

写真は参考

皆様、新米はもうお召し上がりになりましたか?

新米に焼きサンマなんて、旬の醍醐味の一つですものねぇ。

ぼくは幼い頃、お母ちゃんが握ってくれた、具の無い塩むすびが秋の何よりのご馳走だったものです。

写真は参考

「米」のありがたみを、再認識させていただいた今年の漢字一文字は、もしかしたらやっぱり「米」だったりするんじゃないでしょうか?


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(535)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

カセットテープのインデックスカードに、こんな風に録音したアーティスト名やタイトルなんぞを、手書きではなくインレタ(インスタントレタリング)でちょっとお洒落に作ったりしませんでしたかあ?

写真は参考

昭和の80年前後から、カセットテープが手に入れられやすくなり、こんなインレタ仕様のオリジナルインデックスが流行ったものでしたですねぇ。

ぼくももちろんやりました!

写真は参考

インレタのアルファベットをカードの升目に合わせ、ボールペンのキャップの方で擦って、カードにインレタの文字を貼り移して!

ところがどっこい!

ついついうっかり、肝心のアルファベットの綴りを間違えたり、或いは気の緩みのせいか文字が斜めにズレちゃったり!

写真は参考

しかしもう今となっては、何もかもがPC一つでお茶の子さいさいなんですから、あの苦労は何だったのよってな感じなんですよねぇ。

きっとわが家のどこかにも、悪戦苦闘して貼り付けた、インレタ仕上げのカードのカセットテープが、埋もれているかも知れません!


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(534)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

子どもの頃、白黒テレビを通して、興味津々と見入っていた演芸がありました。

こんな風貌のコメディアンが、縦笛を吹き鳴らし「レッドスネークカモン!」と言うと、上蓋を押し開けて愛嬌たっぷりのヘビが顔を出すと言う代物。

参考

「レッドスネークカモン」って言われて顔を出したのが、果たして赤色の顔のヘビだったのか、わが家の白黒テレビじゃあ、そんなもん識別できゃしませんでしたが、そう言われればきっとあのヘビは赤色何だろうなって思い込んだモノでした。

その演芸は、東京コミックショウのショパン 猪狩と言う芸人の持ちネタで、ぼくは土曜の半ドンの日は授業が終わると、一目散に家へ飛んで帰って、テレビに釘付けとなって「今日はレッドスネークカモンのオッチャンが出ないかなぁ」と、一日千秋の想いで首っ丈だったもの。

話の展開やらオチなんてすっかり忘れてしまっているのに、「レッドスネークカモン」の呼び声だけは、今でも覚えています。

気になってどんな展開の筋書きだったか調べてみると、こんな感じだったとか。

幼かったぼくは、もうさっぱり覚えちゃいませんでしたが!

どうやら、こんな感じだったようです。
「まずはレッドスネーク」と言いながら、縦笛を吹くと赤いザルの蓋が跳ね上がり、赤ヘビが現われ口をパクパク。
このヘビは鍋つかみを細くし、ヘビに似せてた手袋に目を描いたもの。

台の中に人が入り、手を動かしてヘビの口を開けたり閉じたりする。

ヘビがクネクネ身を捩り、口をパクパクさせる様子は愛嬌たっぷり。

次に緑のヘビを呼びだし、最後に黄色いキングコブラを呼び出す。

そしてクライマックスは、3匹のヘビを一緒に登場させようとする。

ところが赤と緑は出てくるが、黄色が出てこない。

ザルをたたくと「あ、痛」といって女性が顔を出す。

写真は参考

その女性が、ショパンの愛妻、千重子夫人だったとか。

とてもとても懐かしい、白黒テレビでしか見れなかった、赤・緑・黄のヘビたち!


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(533)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

こんなポップな白黒テレビって、ご覧になった方もおいででは?

もちろんわが家にゃあ、こんな洒落たテレビなんぞなく、4本足の箱型白黒テレビでした。

じゃあこんな洒落た小さなテレビをどこで見かけたのやら?

写真は参考

わが家の周りにゃあ、どこからどう見渡したって、こんな洒落っぽいテレビが似合いそうな家なんて?

あっ、待てよ!

そう言えば、斜めお向かいのご隠居夫婦の息子さんで、アマチュア無線やらラジオやステレオをコレクションしていた、あのSさん家のお兄さんの部屋で見かけたんだぁ!

確かアマチュア無線のやり取りを見せていただくために伺った折り、こんなテレビが目に入ったんだぁ!

写真は参考

こんな球体型のテレビ、ナショナルでは「スペースエイジ」、方やビクターでは「ビデオスフィア」とかってぇ商品名だったようです。

何でもこんな様式は、スペースエイジデザインと呼ばれるものだそうでして、1960~1970年代にかけ、アメリカを中心に流行した家具やインテリアのスタイルを指すんだとか。

まぁその時代は、米ソで挙って月を目指したような、宇宙開発時代の幕開けでもありましたですものねぇ。


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

「昭和Nostalgia」(532)

https://youtu.be/3CeTEMdXC7I

※遅まきながら、ぼくもフェイスブックとやらを始めました!まだまだ充実しておりませんが、ぜひ一度お越しください!Facebook

P20kotonohaのコピー

フルサイズの長文は、こちらから!

飛騨びと言の葉綴り~神岡町・山口正一さん – 飛騨市公式ウェブサイト


今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

写真は参考

子どもの頃、遠足の度にお母ちゃんがぼくのリュックサックに入れていた「カルミン」。

それなりに食べたことがあったのに、もうすっかりどんな味だったのか、さっぱり思い出せません。

写真は参考

いやはや、この齢になると、もう何かにつけ一事が万事こんな調子ってんですから、我ながら情けなくなるばかりです。

しかしこのカルミン、単なる駄菓子かと思いきや、何が何が!

参考

ちょいと調べてみますってえと、大正10(1921)年の生まれだってんですから、今を遡る104年も前からこの世に存在した、庶民の銘菓であったことになります。

写真は参考

のちの明治製菓の前身、東京菓子株式会社から発売され、大正14(1925)「ココアカルミン」、昭和3(1928)年)「パパイヤカルミン」、昭和7(1932)年「チェリーカルミン」が発売されたと言いますから、まぁ何ともハイカラなお菓子だったようです。

そんな頃の一時期には、ストロベリーミントの「苺カルミン」も存在していたと言いますから、戦前のまだまだ束の間の平和を、誰もが享受していた時代だったのかも知れません。

写真は参考

大正時代から続いた、大変息の長いロングセラー商品ではありましたが、2015年3月末をもって生産が終了。

惜しまれながら94年の歴史に幕を下ろしたんだとか。

写真は参考

そんな歴史を振り返ってみると、94年も愛され続けた「カルミン」に、敬意を表したくなっちゃいましたぁ!


このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。