「天職一芸~あの日のPoem 398」

今日の「天職人」は、三重県桑名市本町の「酒酛さかもと饅頭職人」。(平成22年12月11日毎日新聞掲載)

宮へ七里の渡し場は 上り下りの旅人で             桑名城下も大賑わい 「まずはどこぞで茶を啜ろ」        桑名宗社の楼門に 老舗(しにせ)とらやの佇まい             蒸籠の湯気が吹き上がりゃ 「饅頭(まんじ)おくれ」と人だかり

三重県桑名市本町、宝永元年(1704)年創業の「とらや饅頭まんじゅう」。十一代目酒酛さかもと饅頭職人の安達仁兵衛さんを訪ねた。

「まんじ(饅頭)トンゴ(10個)おくれ」。

腰の曲がった老婆はガマ口を開き、慣れた手付きで饅頭代を支払う。

「いつもおおきに」。

これまた主も親しげに見送る。

「昔ここらは遊郭やったで、そこへ足げく通う旦那衆らが、土産にってようこうてくれたそうや」。

仁兵衛さんの幼名は年始男。

平成12(2000)年、戸籍上も「仁兵衛」に変え十一代目を襲名した。

昭和36(1961)年、3人兄弟の長男として誕生。

高校を出ると、京都の老舗和菓子店で5年の修業を積み、昭和49年に家業に入った。

「まあどこもせやけど、口伝で教えられて、後は毎日見よう見真似で覚えやんと」。

とらや饅頭の命は、何と言っても酒母(しゅぼ)元種(もとだね)作りに極まる。

「酒母を作るには、酒税法の定めで免許がないとあかんのやに」。

創業以来、300年以上守り抜かれる伝統の元種作りは、毎晩甕に仕込まれる。

「まず、もち米をお粥さん状に炊き、米麹を合せ発酵。するとやがて乳化し、米が水に浮いて分離してくるで。そしたら酒母がまだ元気なうちに、米汁を甕に移し変え、元汁にすんやさ。まあ後は季節によって、温度と時間がちごて来るけどな」。

翌日、元汁に砂糖と小麦粉を混ぜ生地作り。1時間半ほど寝かせると、プクプクと発酵が始まる。

すると次は包餡。

「北海道産小豆の漉し餡を、生地で包むんやけど、生地が柔らかい汁のような状態やで、タラーッとなっとる。せやでまず生地を鉢から、竹の棒で水飴練るように台へと引っ張り上げ、丸く型抜きしてから餡を包み込むんやさ。」。

次に炭火のホイロで再び発酵。

「酒酛の力で、皮がぷっくり浮いてくんやさ」。

それを蒸籠で10分間蒸し上げれば、東海道を上り下る旅人たちに、こよなく愛され続けた、300年変わらぬ味わいの名代の逸品が完成する。

「酒酛饅頭の特徴は、皮がちょっと酸っぱいけど、餡と一緒に食べるとそれが絶妙の味を醸し出すんやさ。餡にコクがあるし、そりゃ蒸し上りがなんちゅうても一番贅沢やわ」。

保存料など使わぬため、日持ちは2日。

「かと(硬く)なっても、米麹で作ってあるで、しがむ(よく噛む)とまたちごた味わいが出てくんやさ。せやで漁師は、わざわざ硬いのおくれゆうてな」。

気になる跡取りはと問うた。

すると「その前にまずは嫁を貰わんとな。せやけど、いつまでも90近い看板婆さん(母)と二人じゃ都合悪いで、近いうちに嫁もうて子作りに励まんと」。

子どもの頃は、饅頭の摘み食いで歯もなかったとか。

「しかもいっつも蒸し立ての、一番旨いとこばっか!どうにも摘み食いの癖は、この年んなってもちっとも治らんのやさ」。

菓子匠は、子どものような眼をして笑った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 398」」への8件のフィードバック

  1. 名古屋にも『納屋橋まんじゅう』と言う酒まんじゅうがあります。そう言えば、もう何十年も食べてない。栄の地下街にお店があったけど、今はどうなってるかしら。

    1. 納屋橋まんじゅうに、きよめ餅って、妙に食べたくなるものです。
      大須の裏門前町にある納屋橋饅頭の揚げたものも人気ですよねぇ!

  2. 酒饅頭とは違うのかなぁ?
    でも、大好き!
    不謹慎だけど、昔、子供の頃、お通夜に行った両親が
    寂し見舞いで、貰ってくる饅頭が待ち遠しくて・・
    その中でも酒饅頭、中の餡子がずっしり重くて「た・ま・ら・ん⤴」
    そりゃぁ~⤴メタボにもなるわさぁ⤴

    1. ズバリ、酒饅頭です。
      呼び名が各地で異なるようですが・・・!
      ところで下戸な落ち武者殿とのことですが、酒饅頭では酔いませんか?

  3. 薄皮で餡子がぎっしり!
    いいですね〜。食べたいわ〜 ( ◠‿◠ )
    蒸し立てのお饅頭… 言われてみればそうですよ! 一番美味しいでしょう⁈
    そんな贅沢なお饅頭食べた事がないけど 温泉街などのお店なら食べられるかな?

    1. モクモクと白い湯気が立ち上る蒸篭から、蒸したての温泉饅頭を取り上げて、ホクホクしながら食べ歩きたいものです。

  4. 天職一芸〜あの日のpoem 398」
    「酒酛饅頭職人」
    美味しそうですね。酒饅頭に子供の頃は「酔っぱらっちゃう?」なんて言って少しずつ食べていましたね 明日は久々にお饅頭屋さんに寄ってみます。

    1. ほんのりとお酒の香りがして、なんとも風味豊かな逸品ですものね。
      その地方その地方によって、これまたお酒の香りも違っているような気がします。

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