「天職一芸~あの日のPoem 313」

今日の「天職人」は、岐阜県下呂市金山町の「福引せんべい職人」。(平成21年3月17日毎日新聞掲載)

紅白あとの除夜の鐘 年に一度の夜更かしも           この日ばかりは咎(とが)め無し お炬(こた)で家族水入らず  御節お雑煮初詣で 参道脇の駄菓子屋で             福引せんべいねだっては どれどれどれにしましょうか

岐阜県下呂市金山町、創業昭和6(1931)年の福引せんべい「三盛(みつもり)屋」。三代目主の土屋清春さんを訪ねた。

写真は参考

プニュ~ッ、プニュ~ッ。

妙な音のする作業場を覗き込むと、時間が昭和のまま止まっていた。

タイル貼りの焼き台を挟むように、夫婦が寡黙にせんべいを焼き続けている。

年季の入った焼き台は、六面柱が横に寝た状態で設置され、六面の鉄板を手動で回わしながら順に焼き上げるよう工夫されている。

「だいたい六面がグルグルッと1回りすると、せんべいが順に焼き上がるようになっとるんや」。

そう言いながら男は、1番上に回ってきた鉄板の上蓋を跳ね上げ、生地の入った四角い受桶(うけおけ)ごと、レールを這わせ鉄板の上へと導く。

桶の底に開いた2つの穴から、鉄板の上へと生地を器用に流し込む。

そして跳ね上げた鉄板の上蓋で生地を挟んで閉め、せんべいがプニュ~ッと鳴き声を発すれば、六角柱の焼き台を手前に回す。

すると対面の妻が1回りした鉄板から、焼き上がったせんべいを取り出す。

見事に卒の無い作業手順だ。

そしてせんべいがまだ冷めやらぬうちに、生地の四辺を重ねあわせるように緩やかに折り曲げ、こんもりとした三角形へと形成する。

写真は参考

「この中にお御籤(みくじ)や玩具を入れ、封をするように包み込んみ、後は自然に乾燥させたら完成やわ」。

福引せんべいは、郡上の正月に欠かせぬもので、縁起菓子として古くより親しまれ続けた。

三角形の三隅は、大河ドラマではないが「天・地・人」と定められ、自然の恵みに感謝し家族の幸せを祈るものだとか。

清春さんはこの家の長男として、東京五輪に日本中が沸いた昭和39年に誕生。

高校を出ると名古屋の専門学校へ。

そして昭和59年、名古屋の警備会社にエンジニアとして入社。

それから2年、恵子さんと名古屋に所帯を構え、二男一女をもうけた。

「26歳の時やったわ。木工屋の親戚の爺さんから『お前が社長やぞ、継いどくれ』って誘われて。それで地元に帰って工場まで建てて。木工なんて免許もなんもいれへんもんで」。

ところが不況の煽りで元請けが倒産。

ついに見切りを付け家業へ。

「小さい頃から祖父や父の姿を見とったで、後は見よう見真似やわ」。

福引せんべいの命は、生地と焼き。

祖父の代から使われ続ける木桶で、小麦粉と砂糖に重曹を混ぜ水溶きする。

それを柄杓(ひしゃく)で汲み上げ、笊(ざる)でダマを漉(こ)し受桶へ。

後は熟練の勘だけが頼り。

「六面ある鉄板にも、みんな癖があるんやて。だでそれぞれに番号付けといて、癖見て焼かんとな」。

どの福引せんべいも一見同じような出来栄。

だがどれ一つとっても、焼き上がりの顔も違えば、こんもり膨らんだ三角形の形も異なる。

写真は参考

機械製造ではない手作りの証だ。

職人はただただ幸あれと願いを込め、今日も手捻りで福を包み込む。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 313」」への10件のフィードバック

  1. 知ってるよ、この福引きはお正月のたのしみでしたよ。『正月から金を使うもんやない』と言われ叱られはしてたけどお年玉を握りしめ駄菓子屋さんに行きましたよ。お煎餅が硬くて最後はお茶でふやかして食べましたよ。

    1. 素朴な甘さが、これまたいいもんですものね。
      あの硬さも、これまたちょっと湿気た煎餅も、ぼくは大好きです!

  2. おみくじが入っているお煎餅は知ってましたがおもちゃまで⤴️『おまけ』って言葉、嫌いじゃない(笑)

  3. 素敵だなぁ〜( ◠‿◠ )
    中に入ってる おみくじや玩具もだけど 「天・地・人」幸せを祈る縁起菓子だなんて…。
    私は わりとガリっと噛むタイプなので熱いお茶をお供に頂きたいなぁ。
    その代わり 柔らかい幸せに包まれたい私です(笑)

    1. フランスのガレット・デ・ロワが、「王様の菓子」というのであれば、まあ日本の福引煎餅は、紛れもない「庶民の菓子」ですよねぇ。

  4. 「天職一芸〜あの日のpoem313」
    「福引せんべい職人」
    優しい夢が詰まっていますね。
    ブログの写真を見ているだけで楽しくなって来ました。忘れかけていた子供の頃のワクワクを思い出しています。
    ありがとうございます。

    1. 子どもたちにとっては、ワクワクドキドキが一杯いっぱい詰まっていたことでしょう。
      そう言うぼくも、いい年をして思わず買って帰ってきたこともあります。

  5. Fine way of explaining, and good post to obtain data on the topic
    of my presentation subject, which i am going to present in university.

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