「天職一芸~あの日のPoem 264」

今日の「天職人」は、愛知県半田市の「鰯味噌職人」。(平成二十年一月十五日毎日新聞掲載)

「鰯の煮付けもう一つ それと熱燗お代わりね」         空徳利を振りながら 倅が嫁に声かけた            「お前の魚嫌いには 母さんいつも手を焼いた」         ところが今じゃ一端に 旬を貪る魚喰い

愛知県半田市、いわし専門店の円芯(まるしん)の宮下明洋さんを訪ねた。

「元々鰯とニンニク、それに葱と生姜は相性が抜群だで、八年前に赤味噌足して見たったんだわ。それからこの鰯味噌を料理として出すようになったら、ある日板場まで客の一人が入り込んで来て、『うちの会社で商品として発売したい』って。まぁ、そんな風に言ってもらえりゃあ、板場冥利に尽きるってもんだけどなぁ。でも果たして大量生産してどうだか?倅と二人して、一日おきに手練りで作っとるで美味(うま)いんやないかなぁ」。明洋さんは、蒸篭(せいろ)の上蓋を取りながらつぶやいた。

中には程よく蒸しあがった豆腐と、赤味噌仕立ての鰯味噌が、甘辛い芳醇な香りを放つ。

「まぁ何はともあれ味見しやぁ」。

明洋さんは昭和19(1944)年、中国の奉天で三人兄妹の長男として誕生。

終戦を目前に、父が除隊し福岡市へと引き揚げ、その後終戦へ。

戦後の混乱の中、父は半田市出身の戦友に誘われるまま、リュック一つで家族を伴い同市へと移住を決めた。

そして昭和23(1948)年JR半田駅前に、わずか8坪の小さな大衆食堂「丸信」を開業。

父は軍刀を出刃に持ち替え、一家の暮らしを支えた。

昭和37(1962)年、高校を卒業すると福岡市で割烹店を構える叔母を頼り、板場修業を開始。

3年後には、花板を志し名古屋の料亭へ。

ここでやがて伴侶となる米沢出身の仲居ミサヲさんに一目惚れ。

23歳で一旦郷里の半田へと戻り、料理旅館の板場で更に腕を磨き続けた。

それから2年後の昭和44(1969)年。

25歳でミサヲさんを嫁に迎え、料理旅館を辞して独り立ち。

「まぁ、自分の腕試しも兼ねた流れ板だって」。

だが2年後、父が体調を崩し急遽家業を継ぐことに。

それを機に「丸信」の屋号に、いつも人の輪の芯となる店でありたいと「円芯」の字を当てた。

「ちょうど長男が生まれた年やったって。当時は店に来る客って言ったら、みんな親父の客だわ。やれ『ラーメンくれ』だとか、中にはご飯持って来て『おかずだけくれ』ってな客ばっかり」。

料亭で修業を積んだ明洋さんの心は、大衆食堂と高級料亭との客筋の狭間に揺れ続けた。

「親父の客から俺の客に、完全に入れ替わるまで5年はかかったって」。

その後は出世魚のように店を広げ、平成13(2001)年に現在地へ。

名代の鰯味噌は、明洋さんと長男の二人がかりで一日おきに6㌔を仕上げる。

まず赤味噌、ニンニク、鰯のすり身に葱と生姜を混ぜ合わせ、鍋で弱火に掛けながら焦げ付かせぬよう約1時間手練りを繰り返し、秘伝の調味料を配合し定番の味を引き出す。

「最初の頃は配分がわからんもんで、定番の味に仕上げるまでに一ヶ月かかったって。素材が持つ旨味の足し算じゃ無く、どうやったらそれが掛け算になるかが決めてだわ」。

大衆魚の鰯は、板前の確かな舌と技で、見事な逸品へと生まれ変わった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 264」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・鰯味噌職人のお話ですね。
    酒のおつまみなのですね。
    ・私は、鰯味噌が、有る事知りませんでした。ブログで、勉強になりました。
    ・鰯味噌は、手作りなのですね。
    私は、鰯味噌を、食べた事が有りません。実物を、見た事が有りません。

  2. いわし味噌?
    初めて聞きました。
    熱々のご飯にのせて食べたぁ~~ぃ⤴
    そうそう・・魚繋がりと言う事で・・
    先日、あの高級食材キャビアで知れています。
    「チョウザメ」の刺身を食べました。
    こりこりとした食感でしたが・・
    あのチョウザメの姿を想像すると・・
    気持ちは微妙でした。
    まぁ~⤴マグロの刺し身の方が断然!
    美味しいですぅ!

    1. 「チョウザメ」の刺身ですかぁ!
      ぼくも奥飛騨温泉のロケの時に、晩御飯でいただいた気がしますが、なんせ酒ばっかり呑んでましたから、食べたのやら食べなかったのやら・・・。
      だからどんな食感でどんなお味だったか、まったく思い出せません!(チクショー)

  3. 鰯のお刺身なんて 滅多に食べれませんよね⁈ 本当に新鮮じゃないと美味しくないですから。
    いわし専門店があるなんて興味津々です。どんな料理が出てくるんだろう?
    いわし味噌 熱燗にピッタリじゃないですか!
    半田市… 行けなくもないか( ◠‿◠ )

    1. そうですよねぇ。
      やっぱり「鰯味噌」にゃあ、辛口の熱燗ですよねぇ!
      嗚呼、堪らん堪らん!

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